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南アルプス市は、山梨日日新聞社とタイアップして「南アルプス市ふるさとメール」を発信しています。ふるさとの最新情報や観光情報、山梨日日新聞に掲載された市に関係する記事などをサイトに掲載し、さらに会員登録者にはダイジェスト版メールもお届けします。お楽しみください!

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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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2019年7月

【山梨県内のニュース】

日本ワインコンクール 金賞県産8点

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 国産ワインの品質を競う「ジャパン・ワイン・コンペティション(日本ワインコンクール)2019」(同実行委主催)の審査結果が30日、発表された。金賞は昨年より1点少ない21点で、このうち県内で醸造されたワインが8点を占めた。全12部門のうち、欧州系品種・赤と欧州・国内改良品種等ブレンド・赤の2部門で、県内醸造のワインが部門最高賞に選ばれた。一方、甲州部門では、県産ワインが初めて部門最高賞を逃した。

 17回目となる今年のコンクールには、25道府県のワイナリー107社(前年104社)から788点(同787点)がエントリー。17、18の両日に審査員25人がワインをテイスティングし、色や香り、味のバランスなどを20点満点で採点した。
 審査員の得点の平均が17点以上の金賞をはじめ、銀賞、銅賞、奨励賞に計351点が入賞。各部門で銀賞以上の最高点が部門最高賞、銀賞以上かつ価格が2千円未満の銘柄の中で最高点のワインがコストパフォーマンス賞に選ばれた。
 全12部門のうち、金賞があったのは4部門。欧州系品種・赤が7点、欧州系品種・白と国内改良等品種・赤が各5点、甲州が4点だった。金賞の醸造地別では、山梨が8点で最も多く、長野と山形が5点、静岡、埼玉、島根が各1点だった。
 甲州部門では、島根ワイナリー(島根)の「島根わいん 縁結 甲州 2018」が部門最高賞を受賞。山梨のワイナリーが同部門で部門最高賞を逃したのは初めてで、他県のワイナリーで甲州種ワインの醸造技術が向上していることをうかがわせた。
 山梨の金賞8点の内訳は、欧州系品種・赤が3点、国内改良等品種・赤と甲州が各2点、欧州系品種・白が1点だった。
 甲府・県防災新館で開かれた審査結果発表で、審査委員長を務める酒類総合研究所(広島)の後藤奈美理事長は「マスカット・ベーリーAの関心が国際的に高まっている。出品数も多く、品質の向上が進んでいる印象」と評価。実行委員会長を務める山梨大ワイン科学研究センターの奥田徹センター長は総評で、「日本ワインの品質は年々高まっている。国内外の消費者によりアピールしていってほしい」と話した。

(写真)「ジャパン・ワイン・コンペティション(日本ワインコンクール)2019」で金賞を受賞したワイン=甲府・県防災新館

【山梨日日新聞 7月31日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

南アルプス周遊道、県が進捗報告 期成同盟会総会

 早川町奈良田と南アルプス市芦安地区を結ぶ「早川・芦安連絡道路」の早期開通を求める「南アルプス周遊自動車道整備促進期成同盟会」(会長・辻一幸早川町長)は25日、同市飯野の桃源文化会館で定期総会を開いた。
 同会は早川、富士川、身延の峡南3町と南アルプス市で構成。同連絡道路は県が2017年度に着工している。総会では県道路整備課の担当者が、奈良田側、芦安側それぞれの工事の進捗状況について報告した。
 議事では本年度事業として広報活動や要望活動を行うことを決め、連絡道路の早期開通や南アルプスにつながる林道の安全対策と県道の拡幅工事、幹線道路と中部横断自動車道へのアクセス道路整備などについて、積極的に取り組むことを決議した。

【山梨日日新聞 7月26日掲載】

【ふるさとニュース】

南ア・荊沢地区住民有志があす体験会
地元産藍で生葉染め 「地域の歴史知って」

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 南アルプス市荊沢地区の歴史や文化などを学んでいる住民グループ「駿信往還 荊沢宿の会」(仙洞田誠会長)は27日、地区の夏祭りで藍染め体験会を開く。地区や周辺でかつて藍が栽培され、藍染めが産業として盛んだった歴史を住民に知ってもらおうと企画。同会が体験会に向けて栽培した藍の葉で「生葉染め」を行う。

 同会は昨年5月、同地区の住民ら8人で結成。月1回、コミュニティースペース「くらんく」で地域の歴史や伝統産業などについて勉強会を開いている。会の名前は、同地区が静岡と長野をつなぐ駿信往還の宿場として栄えた歴史から付けた。
 藍染めは江戸後期から明治中期にかけて隆盛。同地区一帯でも葉の栽培が盛んで、葉から作る染料の藍玉を生産する「藍屋」や、藍染めをする「紺屋」があった。勉強会で藍染めの歴史を知る中で、実際に地元の土地で藍の葉を育て、染め物に活用しようと、4月から約150平方メートルの畑で栽培に取り組んでいた。
 体験会では、当日刈り取った藍の生葉をミキサーにかけ、液にシルクのハンカチを浸して染める生葉染めを行う。あらかじめ輪ゴムや割り箸などで染料が付かない部分を作っておき、オリジナルの模様に仕上げる。
 仙洞田会長は「子どもでも体験できる内容なので、地元産の藍を使った染め物を通して地域の歴史を知ってほしい」と話している。
 夏祭りは、県道の荊沢-落合交差点を通行止めにして開催。藍染め体験会は午後4時半、午後6時からの2回。材料費500円。定員10人で予約が必要。

(写真)荊沢宿の会が栽培した藍の畑=南アルプス市荊沢

【山梨日日新聞 7月26日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

アヤメ活用 振興策報告 南ア全国12市町がサミット

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 アヤメを生かした地域振興に取り組む、全国12自治体が一堂に会する全国市町村あやめサミット連絡協議会(あやめサミット)が18、19の両日、南アルプス市内で開かれた。同市での開催は13年ぶり。
 北海道厚岸町や宮城県多賀城市、千葉県佐倉市、静岡県伊豆の国市など9道県12市町から首長や担当者ら38人が参加。南アルプス市小笠原で開かれた事前説明会では、金丸一元市長が「相互に交流を深め、新たなまちづくりにつなげてほしい」とあいさつした。
 関係首長会議では「地域資源を活かした地域活性化の取り組み」と題して協議。12市町の代表がアヤメをはじめ、海産物や城跡、ワイナリーなどの地域資源を活用した振興策を報告した。同市は金丸市長が櫛形山のアヤメの保全活動などについて話した。
 参加者は市立美術館やJA南アルプス市道の駅しらね農産物直売所、エコパ伊奈ケ湖を視察した。来年は茨城県潮来市で開かれる。

(写真)あやめサミットの関係首長会議で協議する12市町の代表=南アルプス市小笠原

【山梨日日新聞 7月25日掲載】

【山梨県内のニュース】

開業130年マーク車両運行
JR中央線来月末まで東京-大月間

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 JR東日本は22日、中央線開業130年を記念し、特別なヘッドマークを掲示した車両の運行を開始した。8月末まで東京-大月間で1日1編成を走らせる。
 JR東日本八王子支社は4月から、1979年から約30年間中央線を走り、長く親しまれた全面オレンジ色の「201系車両」をモチーフとしたラッピングトレインを運行。22日からは、八王子駅舎や八王子市の木であるイチョウが描かれているヘッドマークを車両に掲示した。
 同支社によると、中央線は1889年、新宿-八王子間で私鉄の甲武鉄道として運行を開始。山梨県内では1901年に中央線が上野原駅まで開通。翌年には大月駅まで延びたという。
 8月11日には八王子駅が開業130周年を迎えることを記念したイベントが同駅などで開かれる。

(写真)中央線開業130周年を記念して運行している車両=JR大月駅

【山梨日日新聞 7月23日掲載】

【ふるさとニュース】

平面、立体作品 三人三様に表現
南アルプス市立美術館で展示

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 造形作家の村岡由梨さん(北杜市大泉町)と村岡由季子さん(同)、音楽家の藤原義章さん(南アルプス市中野)による「リトモ・ダモーレ三人展」が24日まで、南アルプス市立美術館市民ギャラリーで開かれている=写真。
 由梨さんはFRP(繊維強化プラスチック)で女性の肉体をイメージした彫刻作品6点、由季子さんは段ボールや陶器、金物などさまざまな素材を使った現代アート作品4シリーズ、藤原さんはバイオリンなどの楽器に着色したり、部品を組み合わせたりした立体や平面作品計18点を展示している。
 21日午後2時、同4時からの2回、同ギャラリーで藤原さんのビオラ、奥田徹さんの尺八、奥田伊予子さんの琴によるミニ演奏会が開かれる。三人展、演奏会ともに入場無料。

【山梨日日新聞 7月21日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

芦安・小曽利地区 祇園祭に「ヤグラ」復活

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 南アルプス市芦安芦倉の小曽利地区(名取秋男組長)の祇園祭に、ちょうちんを飾る「ヤグラ」が5年ぶりにお目見えした。地域の人手不足などで設置が途絶えつつあったが、地域おこし協力隊員らの協力を受け“復活”。当日は子ども向けの出店もあり、大勢の住民でにぎわった。
 祇園祭が開かれたのは14日の夜。地区の道祖神前に高さ約5メートルのヤグラが立てられ、上部に飾られた大小14個の長ちょうちんが祭りの夜を彩った。道沿い約20メートルには丸いちょうちんが並べてつるされ、道行く人を照らした。
 同地区の祇園祭では、ヤグラが祭りの目玉だったが、住民の減少や高齢化による人手不足などで5年前から立てるのをやめ、沿道のちょうちんだけ飾っていた。芦安地区で活動する地域おこし協力隊員の一人がヤグラを見たいと提案したことなどがきっかけで話が進み、設置が実現した。
 ヤグラは当日の朝、地域の住民約20人に協力隊員ら協力者も加わって立てた。夜はあいにくの雨だったが、組の宴席のほか、協力隊員や若手住民らがポップコーンや綿あめの出店を開くなどしてもてなし、集まった子どもたちや大人の楽しそうな声が響いた。
 祭りを運営した組長代理らによると、昔は祭りの際に酒の量り売りやくじ引きなどの店が出て、にぎわったという。組長代理は「大勢の人が祭りに来てくれてよかった。地域の風習がこのまま忘れ去られていくのは寂しいので、今後も続けられたらと思う」と話した。

(写真)小曽利地区に5年ぶりに立てられたヤグラと集まった住民=南アルプス市芦安芦倉

【山梨日日新聞 7月20日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

南アルプス地域の観光振興へ初会合 南ア観光活用検討委

 ユネスコの生物圏保存地域「エコパーク」に認定されている南アルプス地域の観光振興を図るため、県は16日、「南アルプス観光活用検討委員会」を設置し、甲府市内で初会合を開いた。本年度中に観光振興に向けたビジョンの策定することを決めた。
 検討委は、旅行代理店や地元自治体担当者ら22人で構成。委員長には立教大観光学部の庄司貴行教授を選んだ。
 南アルプス観光の現状や課題を整理し、本年度中に「南アルプス観光振興ビジョン(仮称)」を策定することを決定。現状と課題をまとめ、観光振興の方向性を示す。短期(1~2年)と中期(5~6年)、長期(10年)に分けて施策も盛り込むことも確認した。
 次回は11月に検討委内のワーキンググループが集まる会議を開き、ビジョンの素案の作成や来年度の取り組みについて検討する予定。

【山梨日日新聞 7月17日掲載】

【季節の便り】

南アルプス山麓サマーフェスティバル2019

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開催日]8月10日(土)少雨決行
時 間]午後4時から午後9時
場 所]櫛形総合公園 西側拡張エリア
 ※当日は混雑が予想されます。駐車場には限りがありますので、お車でお越しの際は乗り合せにご協力をお願いします。

詳しくは、南アルプス市ホームページをご覧ください。

お問い合せ
南アルプス市観光商工課 TEL 055-282-6294

 

南アルプス市観光スポットフォトコンテスト作品募集

 南アルプス市観光協会では、四季折々のフルーツや3,000m級の山々、地域に伝わる古きよき祭りなど、自然豊かな南アルプス市を紹介する写真を募集しています。入賞作品は、観光協会のホームページに掲載したり、観光協会の様々な広報活動に使用させていただきます。また、入賞者には、産地直送の豪華賞品をご用意します。皆さま、ぜひご応募ください。

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【写真】南伊奈ヶ湖=左、高尾の夜祭=右
 
募集期間]令和2年2月29日まで
募集内容]次の3部門
 (1) 市内景観や果物狩りを楽しむ人々の様子
 (2) 山岳景観やそれを楽しむ人々の様子
 (3) 地域の例祭やそれを楽しむ人々の様子
応募方法]観光協会ホームページの専用「応募フォーム」から画像をアップロード
 
 詳しくは、南アルプス市観光協会ホームページをご覧ください。
 
お問い合せ
南アルプス市観光協会 TEL 055-284-4204

[南アルプス市役所 秘書課]
「広報 南アルプス」はこちらから

【連載 今、南アルプスが面白い】

市内に広がる祇園信仰

 7月、京都では約1ヶ月間にわたる祇園祭が行われ、山鉾巡行だけでも毎年15万人以上の観光客が訪れます。この京都の祇園祭は平安時代の旧暦の6月、京都東山の祇園社(明治時代の廃仏毀釈によって現在の「八坂神社」に改称)で疫病を防ぐため始められた祇園会(ぎおんえ)がルーツです。祇園社には疫病を司る牛頭天王が祀られ、その後日本の神様であるスサノオと同一視されました。祇園信仰は時を経て全国に広まり、かつて市内でも多くの地域で行われていたようです。今月のふるさとメールでは、市内に伝わる祇園祭を巡ってみましょう。

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【写真】京都 祇園祭 山鉾巡行 長刀鉾(なぎなたほこ)

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【写真】京都 祇園祭 山鉾巡行 月鉾(つきほこ)

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 【図】牛頭天王 祇園大明神とも呼ばれ、素戔嗚(スサノオ)であるとも書かれている(『諸宗仏像図彙 』1783年)国立国会図書館蔵
 

1.芦安地区 小曽利・古屋敷の祇園祭
 2019年7月14日、芦安小曽利で祇園祭が行われました。かつて芦安では、小曽利と古屋敷両地区で祇園祭が盛大に行われていました。明治初期には奉納相撲が行われていた記録があります。平成に入っても数年前まで、それぞれの地区の通りは提灯で飾られ、その道辻には「ヤグラ」と呼ばれる仮設の門が建てられました。ヤグラには鮮やかに彩色された灯籠が飾りつけられ、夏の夜を彩りました。

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【写真】古屋敷の道辻に建てられた「ヤグラ(チョウマタギ)」
 
 ヤグラは飯野や百々では「チョウマタギ」と呼ばれ、市文化財課と山梨県立博物館の調査の結果、かつて有野や飯野新田、六科や西野、在家塚など市内で広く見られただけでなく、甲府市や山梨市など県内のさまざまな場所で建てられていたことが分かりました。さらに江戸後期の年中行事を記した『東都歳時記』の中で、日本橋大伝馬町の祇園牛頭天王祭の絵にチョウマタギと同じ作りの門が描かれていることから、そのルーツは少なくとも江戸時代まで遡ることが明らかとなりました。

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【図】『東都歳時記4巻付録1巻』国立国会図書館蔵
 
 古屋敷の祇園祭は鎮目大神社の祭りで、地元では神社を「オミョウジンサン」と呼んでいます。鎮目大神社は牛頭天王と同一視されたスサノオを祀っており、祇園祭本来の形式と言えるでしょう。現在では人手不足から、ヤグラの建立も提灯の献灯も行われなくなり、神社の清掃だけとなっています。 

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【写真】古屋敷の鎮目大神社と清掃作業
 
 一方小曽利は疫病を防ぐ祭りと火事を防ぐ神様を祀る秋葉神社の祭りが習合しています。地区の中央にある道祖神と秋葉社の常夜灯を中心とした道沿いに、生まれた子どもの名前を書いた提灯が飾られ、道祖神前にヤグラが建てられました。夕暮れ時、小曽利集落から御勅使川を挟んで南側の山中に前宮(めえみや)と呼ばれる秋葉神社の社があり、そこにロウソクで献灯したことを合図に、ヤグラの灯篭と提灯、道祖神前の秋葉塔に灯が灯されます。しかし、小曽利でも人手不足から数年前にヤグラが建てられなくなりました。そんななか、かつての賑わいを懐かしみもう一度ヤグラを建てようという住民の声に、地域おこし協力隊や地区外の若者も参加して、約5年ぶりにヤグラが復活し、地域の子供たちが集まるにぎやかな祭となりました。 

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【写真】小曽利 飾られた提灯 子供が生まれるとその子の健やかな成長を願って名前を書いた提灯を奉納する慣習が太平洋戦争後始められ、数世代続く家族の提灯も見られる。

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【写真】小曽利 秋葉神社前宮の献灯

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【写真】小曽利 秋葉神社前宮の石祠 以前は現在地よりさらに高い尾根上の五本松と呼ばれる場所に祀られていた。利便性を考え、昭和初期、現在地に移された。

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【写真】小曽利 秋葉社常夜灯 前宮の献灯を合図に常夜灯にも火が灯される。

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【写真】小曽利 チョウマタギの組み立て

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【写真】小曽利 5年ぶりに復活したチョウマタギと祇園祭 

 

2.八田地区 榎原の八雲神社
 八田地区で祇園祭が行われていた記録はほとんど残されていませんが、その痕跡はたどることができます。榎原の氏神八雲神社は、明治時代の廃仏毀釈を受けて改名されたもので、江戸時代の『社記』によれば「天王宮」とあり、祭神の一柱は牛頭天王と同一視されたスサノオです。祭典も6月16日となっており、疫病除けの祇園祭が行われていたと考えてよいでしょう。天和2年(1682)2月再建の棟札があった記録があることから、少なくとも江戸時代前期まで天王宮の歴史は遡ることができます。八雲神社が立地する小字は「天王」と呼ばれていることからも、榎原には祇園信仰が広がっていたと考えられます。 

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【写真】 榎原 八雲神社(天王宮)

 

3.白根地区 百々の祇園祭・飯野のお灯籠祭
 白根地区では百々の諏訪神社で、4月第一週の日曜日に祇園祭が行われています。百々諏訪神社の祇園祭がいつ始まったかはわかりませんが、幕末の嘉永6年(1853)の「百々村祇園祭礼仕法帳」によれば、2年前に神輿が壊れたため新しく作りなおし、古くからの慣例どおり6月に諏訪神社から若宮社まで神輿の御幸(みゆき)を行うことが記されています。大正時代、養蚕の繁忙期と重なるため祭日が4月に移されました。
 百々の祇園祭で注目されるのは、神輿が各集落内をめぐり、さらに百々の東西南北の境まで行って神事を行う点です。京都の祇園祭は町衆が行う絢爛豪華な山鉾巡行が注目されますが、その祭りの核は八坂神社から神霊を移した神輿がまちを渡御(とぎょ)して穢れを払い、再び神社に帰る「神幸祭(しんこうさい)」と「還幸祭(かんこうさい)」です。百々では同じように百々内の宮内や中村、東新居、林久保、新町、北新居などに神輿が渡御し、百々の四方の村境をも清め、また諏訪神社に戻ってくる御幸が祭の中心です。 

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【図】 百々 祇園祭 御幸地図

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【写真】 百々 祇園祭 神輿の渡御

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【写真】百々 祇園祭 西の境界での神事
 
 途中の山の神や道祖神にはお飾りや幟(のぼり)が建てられ、かつては「チョウマタギ」も建てられました。東新居若宮社前などの御旅所(おたびしょ)に着くと、掛け声とともに御神輿がいっせいに持ち上げられ、青空に舞い上がる「差し上げ」が行われます。次に五穀豊穣の祝詞(のりと)が捧げられます。こうした神事は各御旅所で行われ、昔は新町神明神社では疫病退散の祝詞が捧げられました。一方百々村の北側には明治時代まで前御勅使川が流れていたため、北の境では洪水除けの神事が行われていました 

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【写真】百々 昭和28年の祇園祭。奥に見えるのがチョウマタギ

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【写真】百々 祇園祭 神輿の差し上げ
 
 諏訪神社の祇園祭では、安産も祈願されました。神輿に注目すると、てっぺんに飾られた鳳凰の足に、麻ひもが結わえられます。麻ひもは昔へその緒に結ばれ安産のお守りとされた伝統があり、御幸後、氏子が競ってこの麻ひもを持ち帰りました。また、山の神や道祖神などの祈願場所では、幟とともに安産や子どもの成長のお守りである真っ赤な人形、「さるぼこ」も飾られています。 

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【写真】百々 神輿に結わえられた安産祈願の麻ひも

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【写真】百々 御旅所に建てられた幟とさるぼこ
 
 百々の諏訪神社は京都の祇園社から勧請(かんじょう)されたとの伝承も地域に残されており、京都にルーツを持つ祇園信仰を今に伝えています。
 
 
飯野 お灯籠祭り
 8月下旬に行われる飯野のお灯籠祭も、かつては6月に行われており、その起源の一つは祇園祭だと考えられます。内容は以前ご紹介したふるさとメールをご参照ください。
 
飯野のお灯篭祭り ~道祖神と境界の祭り~

  

4.若草地区
 若草地区では現在祇園祭は行われていません。しかし、『若草町誌』では6月15日祇園会が行われ、田植えの後もっとも必要な水が不足する時期でもあるので、水神を祀る社で祇園祭をすることが多くあったとされていて、水神と習合した祇園祭があったことがわかります。
 

5.櫛形地区
 『櫛形町誌』で「6月15日、京都の祇園祭にあやかって、祇園だから遊ぶといって休養したものだが、今は廃れた」と記されており、現在櫛形地区で祇園祭は行われていません。しかし櫛形町合併前の『豊村誌』では「祇園さんまたは天王さんが、疫神として同時に水神として、農民のもっとも関心をよせる夏季の水稲の守護神として働きをするものであった。(中略)吉田山ノ神さんに津島牛頭天王も祀ってあるといわれている。沢登の権現さんはまた通称天王さんといわれて祇園祭が行われた。」とあり、祇園祭が行われ、牛頭天王の信仰で重要な役割を果たした愛知県津島の天王社の影響もあったことがわかります。
 また、十五所に伝わる甲州囃子は、大山講で京都へ代参した人、あるいは行商で京都を訪れた人が、祇園祭の時に山鉾上で笛・太鼓・鉦(かね)で奏でられた囃子に感じ入り、それを基本に作られたものと伝えられています。 

 

6.甲西地区
 若草・櫛形地区同様に現在行われていませんが、『甲西町誌』では「六月十五日、京都の祇園祭にあやかって日本中の農休みといった恰好で道祖神へ灯明をつけ、部落内でも灯火をつけて皆遊んだものだが今はすたれた。」とあり、道祖神の信仰と習合していたことがうかがえます。さらに同書では「けんかは、・・・(中略)農休みと祇園祭には年中行事のように、部落の男の子が総出で、「戸田のがき共けんかぁこう」と、誘いをかければ「和泉のがき共けんかぁこう」と、応戦して、互いに堤防に陣を敷き石の投げ合いをした。和泉と戸田だけでなく、荊沢と落合、古市場と川上、江原と十日市場、東南湖と今福というように各地で行われたのである。」というように、子どもにとっては集落同士のけんか
の日でもあったようです。
 また、落合の八王子社では6月30日、夏越しの祭りとして禊祭り、現在では「輪くぐり」と呼ばれる禊の祭りが行われています。八王子社の祭神はスサノオの五男三女神ですが、本来の八王子は牛頭天王の8人の王子を祀っていたとも言われ、疫病退散を祈願した祇園祭と関係もしていると言えます。
 
ふるさと〇〇博物館ブログ 落合の八王子社の茅の輪くぐり

 
 このように現在まで続く祭や記録、伝承を見ていくと、京都を起源とする祇園祭が6月15日前後に市内でも広く行われていたことが分かります。そして、病を避ける願いとともに、子どもの誕生を願う、水を求める、火事を封じるなどそれぞれの地域の願いと結びつき、多様な姿をしていたことも明らかとなりました。
 こうした祇園信仰は時とともに忘れられつつあります。しかし、芦安の小曽利地区のように昔の賑やかだった記憶を懐かしみ今に伝え、共に若者たちがその記憶を形にして蘇らせようとする動きも出てきています。
 祇園祭で灯されるあかりは牛頭天王を喜ばせるための灯だと言われています。祇園祭に集う人々を見ると、そのあかりは世代や地域の異なる人々をつなげるあかりでもあるように感じられました。 

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【写真】令和元年7月14日 小曽利 ヤグラ前


2019年の飯野のお灯籠祭は8月18日(日)、若宮八幡神社で開催予定です。

【南アルプス市教育委員会文化財課】