はじめに
平成29年度より教育委員会文化財課によって本格始動した「ふるさと〇〇(まるまる)博物館―掘り起し・育み・伝えるプロジェクト―」。
市内のあらゆる歴史資源や遺跡、人をつないで市全体を博物館とみたてるものであり、何気ない風景にある歴史資源を市民自らが掘り起し、正しい価値づけを行い、発信していこうというもので、その過程の中で潜在的にあった歴史資源や、地域を誇る「人」を表に出して、魅力ある地域をつくることを目指している取り組みです。
平成29年。まずは何気ない風景や、お蔵の中に隠れている「モノ」や「コト」、各家に伝わる小さな物語を掘り起こす調査から始めました。市内全域を5年かけて調べる予定で、3年目を迎え、少しずつ「モノ」や「コト」、「ヒトの記憶」などの情報が蓄積されてきました。
また、地域に暮らす方々の「記憶」は、個人宅へ伺うと同時に、高齢者さんたちの集まるサロンなどにも出かけ、古い懐かしい写真やモノを見てもらいながら、昔の思い出話を沢山聞き取り、動画でも記録しています。みなさん笑顔で懐かしそうにお話しをされるのが印象的です。これらも地域の歩みを語る大切な歴史資源であると考えていますし、元気な地域づくりにもなることを願っています。
一見何気ないモノやコト、小さな物語を紡いでいくことで、地域「らしさ」や「魅力」が見えてきます。これらは地域にとって未来へ伝えたい大切な資源なのです。そのような資源の情報をきちんと蓄積をすると同時に、この情報を皆さんと共有し、さらに紡いでいくための仕組みづくりも準備してきました。そのひとつがふるさと〇〇博物館のウェブサイトです。
平成30年12月1日、満を持してウエブサイトが産声を上げました。
「ふるさと〇〇博物館」ウェブサイト
【写真】ふるさと〇〇博物館のウェブサイトのトップページ
「ふるさと〇〇博物館」ウェブサイトは3つのサイトからできています。
●「文化財Mなび」
●「〇博アーカイブ」
●「〇博アーカイブbyぼこ」 の3つです。
【写真】トップページの下方を見ると三つのサイトのアイコンが現れます
「文化財Mなび」
「文化財M なび」は、詳しく調べたい方向けのサイトで、写真も多く情報量を豊富に提供できることを目的にしています。指定文化財だけでなく、各地区の文化資源や人々の記憶、家族のエピソードや、このふるさとメールのコラムも読むことができるようになりました。元々平成23年に公開したホームページを「〇博」用にリニューアルし、時代やカテゴリーごとに検索する機能も加え、内容も大幅に増補されています。今後は各資料のPDFデータや古文書の目録なども公開できることを考えています。
情報をなるべく多く蓄積し、使いたい情報を引き出すことができるいわゆる「デジタルアーカイブ」としての役割を担っているサイトです。
【写真】「文化財M なび」のページ例
「〇博アーカイブ」
このプロジェクトでは地域の歴史資源の情報やデータを沢山蓄えることはもちろんのこと、それを活用するためのきっかけづくりにも取り組んでいます。全国的にも、デジタルアーカイブの課題として、ただ蓄積することに重点が置かれていて利活用への工夫不足が指摘されています。ただストックされるだけではなく、情報が動き出しやすく、活用したくなる仕組みとして考えたのがこのサイト「〇博アーカイブ」なのです。
「多元的デジタルアーカイブ」と呼ばれ、インターネットの「デジタル地球儀」上に人々の「記憶」や「歴史資源」の情報を配置するものです。位置や地形という横軸と、時代や歴史という縦軸をビジュアル的に見やすく表現することで、感覚的に知ることができるため、視聴した方の共感を得やすく、その結果現実世界においての活動を喚起しやすいのが特徴です。
【写真】「〇博アーカイブ」の画面の一例
「多元的デジタルアーカイブ」の先駆者
この分野の第一人者で、「ヒロシマアーカイブ」などの研究・実践で知られる東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授の研究室と、南アルプス市文化財課との共同研究にて、「多元的デジタルアーカイブ」を活用した取り組みを行ったのです(同研究室担当:首都大学東京大学院山浦徹也氏)。
当研究室での取り組みで特筆すべき点は、ただシステムを構築したことではなく、その実践方法であり、あくまでもこのシステムをツールとして現実社会おいての有意義な利活用を実践しいていることです。広島での取り組みでは、実際に被爆者・犠牲者を多く出すこととなった広島女学院の後輩にあたる、現役の広島女学院の高校生が、地区の被爆者たちにインタビューし、交流しながら情報を蓄積し、公開しているのです。高齢者と若者が触れ合うことで、これまでに無かった被爆者の証言の伝承活動の可能性が広がっており、その活動をこのシステムが支えているのです。
【写真】ヒロシマアーカイブの画面の一例
この取り組みを知った私たち文化財課は、広島ではいわゆる「負の遺産」を伝えること、掘り起こすことで実践されているものですが、本市が掲げている「ふるさと教育」やまちづくり、地域の誇りを継承する活動に活かせるのではないかと考え、平成27年当時、首都大学東京にいらした渡邉先生に打診するところからこの活動は始まったのです。
地域の歴史資源を主軸とした取り組み
〇博アーカイブでは、地面の上に浮かぶアイコンに触れると、その説明や「思い出」を語る動画を視聴することができます。まさに地球儀をくるくる回すように3Dで南アルプス市を見渡し、さまざまな情報を得ることができるのです。「文化財Mなび」にくらべ情報の量は少なく、画像や動画1点と短い解説のみですが、パッと見て、どこにいつどんなものがあったのかが伝わりますし、何よりも触ってみたくなるシステムなのです。もし、興味があれば「文化財mなび」でさらに調べられるのです。
画面下には時代を示すスライダーがあり、各時代ごとの歴史資源を見ることができます。地面には戦後すぐの航空写真や明治期の地形図なども重ねてみることができ、「歴史」的な感覚も感じやすく工夫しています。
たとえば高齢者の方の記憶は動画で記録し公開することで、このデジタルアーカイブの中で語り続けることができます。地図上に多くの市民の顔が溢れる仕組みでして、将来的には歴史資源と言うよりも市民のアーカイブになれば良いとの展望も抱いています。語り部は住民全員なのです。瞳を輝かせながら半径30mを誇りを持って語る市民で溢れたら素敵なまちになるのではないかと考えています。
そのような身近な話題こそが地域の歴史を浮き彫りさせる材料であり、また共感も得やすいものです。共感を得られると、今度は自分の身の回りのことを掘り起こしはじめるなど、リアルな世界での活動や展開が生まれるのです。実際にそのような動きも生まれており、このような仕組みを通して「記憶」や地域の歴史資源をさらに掘り起こし未来へ継承しようというものです。
【写真】○博アーカイブの画面の一部
【写真】地面には明治時代の地形図も重ねられる
【写真】身近な思い出話の動画も視聴できます。
「〇博アーカイブbyぼこ」
広島女学院での活動同様に、南アルプス市でも早速小学生たちによっても掘り起し発信する取り組みを実践しています。
櫛形西小学校では、このデジタルアーカイブの取組みを「西地区有名計画」と名づけて授業で実践しました。また、共同研究のグループリーダーである山浦氏(当時首都大学東京大学院生)を中心とした共同研究のテーマの一つでもある「シリアスゲーム」※を応用した試みも兼ねて実施しました。これは、毎年実施している小学校と文化財課とのコラボ授業を共同研究用に改編したもので、学生が何度も小学校を訪れて打ち合せ、実際の授業も運営してみるというように学校側と一緒に組み立てていった実践です。
【写真】トップ画面の一部(起動時は動画)
櫛形西小での実践~西地区有名計画
まず、学生参加の最初の授業は5月。地域にどのような歴史資源があるのかをクロスワードパズルを解いていく手法で学んでいきます。ふるさと文化伝承館の展示資料や文化財課が作成してきたパンフレットなどで調べながら、楽しみつつも集中して取り組み、初めて聞くような歴史資源の名前も、ゲーム後半には普通に話せる単語になっていました。
その後、学校ではそれらの歴史資源の中から、自分でさらに掘り起したいテーマを選んでみるといった整理がなされました。
【写真】実践の様子
【写真】実践の様子
【写真】クロスワードクイズの答え合わせをする児童と研究室グループリーダーの山浦氏
2回目の学生参加授業として、今度は実際に現地を訪れました。その際にもオリエンテーリングの要素や、タブレットPCを用いてAR技術を活用して、現在の風景の中から過去の風景を探し出すゲームも行いながら地域を歩きました。昔の風景に驚いたり、普段見慣れた風景の中にも、なにか掘り出し物がないかと集中して訪ね歩いていたのが印象的です。
面白いものでして、第1回目の授業では誰も興味を示さなかった歴史資源も、実際に訪れ、地域の方のお話しを聞くことで一番人気になったものもありました。やはり、現地に訪れて、そこに暮らす方にお話しを聞くことは大切だと実感しました。
紆余曲折を経て、各自が掘り深め発信したいテーマ(歴史資源)を絞りました。自分たちで調べ学習を進めると共に、改めてそのテーマについて地域住民の方にインタビューするなどして調べてゆきました。そのインタビューの様子も動画に記録しています。今回の授業では、それら調べたことを自らパンフレットにまとめ、発信するという方法で行いました(国語の単元を活用)。
【写真】地域の歴史資源を探し歩く児童たち
【写真】地域の歴史資源を探し歩く児童たち
【写真】今は使われていない古い郵便局内で、所有者にインタビューする児童
いよいよ7月、3回目の学生参加授業の日を迎え、入力システムができたばかりの「〇博アーカイブ」に実際に入力し、搭載しました。常に〇博アーカイブの画面を大きなスクリーンに映し出していたのですが、PCやタブレットを用いて入力し、地図上にコンテンツが反映されるたびに教室に歓声が響きました。
【写真】授業の様子
【写真】授業の様子
【写真】授業の様子
この取り組みで搭載された情報は、「〇博アーカイブbyぼこ」で閲覧することができます。現在このサイトには、櫛形西小学校の平成30年度の取り組みとともに、平成28年度の6年生たちが自ら調べ動画で発信しているコンテンツも搭載されています。また、年度末に行った白根源小学校の6年生(平成30年度)による取り組みも搭載されています。
ぜひ、子供たちの純粋な想いをご覧ください。
パンフレットのアイコンをクリックすると大きく表示されます。また、アイコンの下には、インタビューした地域住民の皆さんの顔写真が表示されており、それをクリックすると動画を見ることができるシステムです。パンフレットのほかにも児童が映っているアイコンもありますが、これは一昨年の取組みで、調べた地域の魅力を自ら演出し動画で発信しているもので、この動画も今回のアーカイブでは一緒に紹介しています。
【写真】28年度に取り組んだ児童の動画の一例
【写真】源小の取り組みの一例
【写真】市内のうち櫛形西地区と、源地区にアイコンが映し出されているのがわかります
ウェブサイトはここからがスタート
「ふるさと〇〇博物館」のウェブサイトは、これが完成形ではありません。仕組みができただけで、これからがスタートです。各地の掘り起し作業が進むたびに発信する情報もどんどん増えていく、成長していくサイトなのです。ともに育み続けるものですから、むしろ、完成は無いのかもしれません。
理想は、市民全員が語り部であることで、大勢の方の笑顔で埋め尽くすサイトにできたら良いと願っています。ぜひ、ご利用いただき、南アルプス市に思いを馳せ、また、情報提供にもご協力いただければと思います。
ふるさと〇〇博物館の拠点
現在、設備の改修工事のために休館中のふるさと文化伝承館は、来月、令和元年5月18日(土)にいよいよ再開致します。あくまでも設備改修のみの工事ですので大幅な施設の変化はありませんが、ふるさと〇〇博物館の拠点施設としての機能を担い、これまで調べ得た情報を整理して展示に反映させます。また、館内の大型スクリーンでは常に「〇博アーカイブ」を映し出し、いつでも操作できる予定です。
ぜひ、ふるさと文化伝承館で「〇博アーカイブ」を操作し、体感してください。
※シリアスゲームとは、エンターテインメント性のみを目的とせず、教育・医療用途といった社会問題の解決を主な目的とするコンピュータゲームのジャンルを言い、ここでの実践は以下の文献で報告されています。
<参考文献>
山浦徹也・保阪太一・斎藤秀樹・渡邉英徳(2018)「若年層の地域理解を促進するためのシリアスゲームの提案:デジタルアースアーカイブの構築体験を通した創造的思考の育成モデル」, デジタルアーカイブ学会誌 2(2), pp.154-155
【南アルプス市教育委員会文化財課】