立春を迎え、暦の上では春がやってきましたが、先日20年ぶりの大雪に見舞われて寒い日々が続いているために、その事実をなかなか実感するのが難しいのではないでしょうか。
日本は四季の移り変わりがはっきりしており、その中で昔から日本人は四季を彩る行事をおこなってきました。雛祭りやこどもの日、七夕が広く知られている節供が代表的なものです。
節供は中国で生まれ、唐の時代に定められて日本へ伝えられた行事といわれています。季節の変わり目に不浄を清め、忌み慎んで神を祀る節日に、神へ捧げる「供御(くご)」を「節供(せちく)」といい、これが節供(せっく)になったといわれています。節供は七草粥を食べる1月7日の人日(じんじつ)、3月3日雛祭りの上巳(じょうし)、5月5日こどもの日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽(ちょうよう)の5つがあり、これらを五節供と呼びます。
これらのうち今回は、来月迎える上巳の節供についてご紹介したいと思います。
上巳の節供は雛祭りとして定着していますが、桃の節句、女の節供とも呼ばれています。中国ではこの日を忌日として、水辺で禊を行い、酒を飲んで祓う習慣があったといい、これが次第に花見や山遊びなどの行楽と結びつき、3月3日に固定したそうです。
3月3日と言えば思い出される雛人形ですが、もともとは神霊の代わりとして作ったもので、これで自分の身体を撫でて水に流して災厄を免れるという呪具であり、こうした性質が薄れて飾りとして用いられるようになったものです。
江戸時代における五節供の日は上役に祝いを言いに行く日で、大名は熨斗目長袴で将軍に献上物を捧げ、菓子を賜ったり、大奥では雛を飾り、贈り物としてサザエ、ハマグリ、蒸餅、白酒などが届けられたそうです。上巳の節供には桃の花がかかせないが、室町時代から白酒を「桃花酒」と言ってこの日に飲む風習がありました。伝書には「同日、桃花を酒に入れて飲めば、百害を除き、顔色を増すなりといえり。」とあり、3世紀頃、桃花の流れる川の水を飲んだ人が300歳の長寿となったという故事があったことが元であると思われますが、このように桃は邪気を祓う木とされていたそうです。
小笠原流にはそれぞれの節供に合わせた床飾りがあります。この上巳の節供の床飾りについて、伝書には「3月3日には、えもぎ餅(ヨモギの草餅)の上に桃の花を切りて、熨斗を添えて飾りてだすなり」とあるそうです。
上巳の節供の床飾りの写真を見ていただくと分かると思いますが、雛人形・桃の花・ハマグリ・サザエ・菱餅・雪洞・熨斗など先述したものが三方に入れて飾られています。
【写真 上巳の節供の床飾り全体】
【写真 上巳の節供の床飾り拡大】
現代に生きる私たちにとって、小笠原流の床飾りの教えを全て取り入れるのは難しいかもしれません。小笠原流の伝書には、「五節供には当季の物をいずれも三方に入れて出すなり」ともあるそうです。これは、五節供いずれにも季節のものを三方に入れて飾るということです。例えばその季節のものを器に盛って飾る程度の出来る範囲でこの教えを取り入れるだけでも季節を感じることが出来、毎日の生活に彩りが生まれるのではないでしょうか。
南アルプス市内にある重要文化財安藤家住宅では、毎年恒例となりました「安藤家の雛祭り」と題した雛飾りの展示を4月7日(月)まで行なっており、上巳の節供の床飾りが茶室に展示されています。昨年より雛飾りの展示が増え、華やかに彩られる安藤家住宅にお越しいただき、来る春の訪れに思いを馳せてご覧になってみてはいかがでしょうか。
【写真 安藤家の雛祭り展示状況1】
【写真 安藤家の雛祭り展示状況2】
【南アルプス市教育委員会文化財課】