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 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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【連載 今、南アルプスが面白い】

新指定文化財のよこがお① 木造阿弥陀如来坐像
~鎌倉時代の人々の想いにふれる~

 平成20年4月、南アルプス市教育委員会では、新たに4件を市の文化財として指定しました。いずれも、南アルプス市の歴史や文化を語る上で欠くことのできない貴重な財産です。4件の指定物件のうち仏像3件は平成22年度まで5ヵ年をかけて実施中の「市内仏像等悉皆(しっかい)調査」の過程で発見されたものです。また、もう一件、戦争遺跡ロタコについては、平成17年度から市が文化庁などの補助金を得て継続的に調査を実施してきたものです。
 今回から4回にわたり、この新たに加わった指定文化財のプロフィールを紹介したいと思います。まず今回は、下今井地区、隆円寺所蔵の木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)です。

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【写真・左】=木造阿弥陀如来坐像
【写真・右】=像の表面(めずらしく造立当時のまま現在まで伝えられており、特に衣の部分全面にはさまざまな截金=きりかね=文様がよく残っています)


 今回指定となったこの仏像は、かつて同じ下今井地区にあった慶昌院に安置されていたものと云われます。像高41.2cmの寄木造で、全体のバランスが良くとれ、しかも引き締まった造形をみせます。制作年代は鎌倉時代半ば頃と考えられ、端正で洗練された作風から作者は京の仏師が想定されます。

 指定に際し、山梨県立博物館の協力を得てファイバースコープなどで調査した結果、本像頭部の内側には、文書が2通納入されていることがわかりました。像内に願文や納入品を奉納した阿弥陀如来像の発見は県内では初めての事例となります。

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【写真・左】=ファイバースコープによる調査
【写真・中】=仏像の底面からファイバースコープを挿入し、頭部内面を写した画像(頭部に文書が納入されていることがよくわかります)
【写真・右】=古文書調査の様子


 慎重な作業の結果、幸運にもこのうち1通を取り出すことができました。2枚からなるこの文書には仮名文字でくりかえし「なみあみだぶつ かならず かならず ミチ 行かせ給へ」と浄土往生を願う言葉が記され、この仏様が当時の篤い浄土信仰のなかで造られたことがわかり、阿弥陀如来像に寄せる当時の人々の信仰を具体的に伝える貴重な作例といえます。

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【写真・左】=人々の想いをいまに伝える古い文書
【写真・右】=        〃


 一連の調査を通じ、遠く鎌倉時代に実際にこの南アルプス市に生きた人々の生々しい、そして切なる想いにふれることができた発見でした。

 

【南アルプス市教育委員会文化財課】

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