早朝、桝形堤防の石積がうっすらと白い霜で覆われ、八ヶ岳おろしと呼ばれる冷たい北風が吹きすさぶ季節がやってきました。その中でも一歩一歩、令和4年度の史跡整備工事が進んでいます。今月号は石積の修復を中心に史跡整備工事の最新情報をお届けします。
1.令和3年度実施設計
令和3年度、11月号でご紹介した第3次調査を進めながら、これまでの調査結果をまとめ、具体的な整備を行う実施設計を策定しました。策定に際し、史跡保存整備委員会で協議を重ね、史跡めぐりツアーの参加者のアンケートを参考にしながらコンサルタント会社が提示する案を何度も修正し、最終的な設計を庁内の技師とともに完成させました。整備工事は令和4年度と令和5年度の2カ年計画で行われます。
【写真】令和3年度史跡保存整備委員会
2.史跡整備工事
完成した実施設計を基に、令和4年度分の工事入札の結果、青柳土木株式会社が落札し、令和4年6月、史跡整備工事が始まりました。令和4年度は主に石積の修復とその外側の造成、防草シートの敷設、フェンスの設置、木工沈床の展示などを施工しています。その中でも石積の堤防の修復は、史跡を保存し、後世へ伝える史跡整備の根幹です。
【図】令和3年度実施設計策定時桝形堤防整備完成イメージ(実際の完成図とは異なります)
3.堤防石積の修復~事前準備~
石積の修復を行う上で、以下の事前準備が必要でした。
(1)石材の確保
欠損した石積の修復には数千個の石材が必要です。桝形堤防の石材は御勅使河原の石材が利用されたものですが、現在河原の石の採取は禁止され、販売もされていません。そこで史跡整備を実施する4年前、平成30年から実施した桝形堤防第3次調査から調査時に掘り出された石材を石積、石葺、グリ石、合石用として大きさごとに選別し保管することを始めました。
【写真】発掘調査時石材の選別、保管
しかしそれでもすべての石材が利用できるとは限らず、石材が不足していました。そんな時、令和2・3年度、韮崎市の釜無川右岸を守る御座田遺跡の石積堤防が圃場整備によって解体される計画が進められていました。事業主体者である韮崎市教育委員会をはじめ関係諸機関の協力を得て、堤防の石材の一部を桝形堤防の整備に利用できることとなりました。
御勅使川と釜無川では石材の種類や大きさ、摩耗度など異なることもありますが、河川の石材がほとんど販売されていない状況では、その石材が使えるのは最善の方法であり、史跡保存整備委員会の了承もいただきました。釜無川の石積堤防の石材が、桝形堤防で活かされることになったのです。
【写真】御座田遺跡石積堤防
(2)石材事前調査
現在の桝形堤防は、明治39年あるいは明治40年の大水害によって流失後、改築されたものであることが調査の結果から考えられています。それぞれの積み方の特徴と石材について調査を実施しました。
(1)明治40年前後改築箇所。現在の桝形堤防の大部分:面に対し控え(奥行き)が長い石材使用。落とし積み。
(2)明治末~大正時代、徳島堰御勅使川暗渠改築時、積み直された石積:やや小ぶりで控えが短い石材使用。落とし積み。
(3)大正時代?徳島堰御勅使川暗渠改築後に築堤された北東堤:面に対し控えが長い石材使用。落とし積み。
(4)昭和40年代、釜無川右岸土地改良事業後に改築された集水桝の石積:一部布積み。
【図】石積調査結果
(3)石積の事前調査
明治時代から大正時代、南アルプス市に残された石積出四番・五番堤や将棋頭の六科字御勅使川通一番や同二番の設計書を調査した結果、石積は「玄翁叩摺合積」等の記述が見られました。桝形堤防の設計書ではありませんが、現地で見る石積の方法は石積出や桝形堤防、将棋頭でほぼ共通しており、同じ技法だと考えられます。
(4)石積・石葺の記録:史跡整備の石積修復は長年の間に失われた箇所や崩れた箇所、歪み、歪んだ箇所などがあります。それぞれの箇所で修復前の状況を写真と図面で記録しました。
【写真】石積修復前状況 14区(南堤川裏側)
(5)石工の選定:桝形堤防の石積は手作業の伝統的な石積方法で積まれています。そのため、石積を施工する石工については、国および県指定の石垣や石積修復の経験を条件としました。最終的には、国指定史跡の香川県香川氏丸亀城や福島県白河市の小峰城、栃木県那須烏山市の烏山城などの城郭石垣の修復経験を持つ石工が6人、桝形堤防の修復を施工しました。
4.石積修復~施工~
(1)区域の設定:石積修復が必要な場所に1~18の番号を付与し、18箇所の区域を設定しました。
【図】石積修復範囲・区域設定
(2) 石材の番付:石積修復を行う際、現状の位置から移動させる可能性がある石材に区域ごとに番号をつけていきます。1区なら「1ー1、1ー2・・・」とし、石材にテープで番号をつけていきます。その番号は写真と図面に記録します。
【写真】番付作業
(3) 堤防の勾配、高さの設定:現存する石積の勾配や馬踏の高さを基に、修復する石積・石葺の勾配と高さを決定し、丁張(ちょうはり)を設定しました。
【写真】丁張の設定と技師の段階確認
(4) 石材の選定と搬入:ストックしていた石材から、修復箇所に見合う石材を選定し、もっこを使って修復箇所の移動します。
【写真】石材の移動
(5)石積・石葺:
石材の形、大きさ、面や控え(奥行き)などに配慮しながら新たに石を積んでいきます。基本的には洪水による流失を防ぐため、石材の控えが長いものが選ばれます。石材は石積の勾配を合わせながら、二石を並べた時にその間にできる谷間に上から別の石を落として積まれます。いわゆる「落し積み」や「谷積み」と呼ばれる技法です。石材の長い控えを堤体内に向け、幅の狭い面を表になるように積むことで、しっかりと固定されます。石材と堤体の間には拳大のぐり石を入れ、石積の沈み込みを防ぐとともに石積を固定させます。石積の後、石と石の間に合石として小石が重点され、石積は完了となります。
【写真】玄翁で叩き摺合わせ石材を積む
【写真】グリ石の充填
【写真】ドウツキによるグリ石の突き固め
(6)墨書
新しく補った石材(以下新補石材)には令和4年度の修復工事で追加したこととどの川の石かを後世に伝えるため、その裏側に墨汁で年度と川のイニシャルを書いておきます。
「R4M」・・・令和4年度御勅使川
「R4K」・・・令和4年度釜無川
【写真】新補石材に墨書する
(7)記録:完成後の状況を写真と平面図に記録します。
5.ともに創る
南アルプス市における史跡整備基本計画では、整備工事の段階でも市民の人々と「ともに創る」整備を目指しています。その計画に基づき、石積修復時に補った石材には地元の白根源小学校4年生や整備状況を視察された方々にこれから史跡の価値を伝えていく証として個人の名前を墨書してもらいました。また、社会科見学で訪れた多くの小学生には同じ目的で大切な石積を陰で支えるグリ石に記名してもらいました。史跡が多くの人の手によって修復され、語り伝えられることを願って。
【写真】白根源小4年生 石積体験授業
【写真】小笠原小学校4年生記名グリ石
【写真】徳島堰まるごとツアー参加者 史跡整備体験
【写真】完成した石積修復 14区
2022年ももう後2週間。本年もふるさとメール「今南アルプスが面白い」にお付き合いいただき、ありがとうございました。よい年をお迎えください。みな様来年もよろしくお願いいたします。
【南アルプス市教育委員会文化財課】