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南アルプス市は、山梨日日新聞社とタイアップして「南アルプス市ふるさとメール」を発信しています。ふるさとの最新情報や観光情報、山梨日日新聞に掲載された市に関係する記事などをサイトに掲載し、さらに会員登録者にはダイジェスト版メールもお届けします。お楽しみください!

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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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2022年4月

【ふるさとニュース】

こいのぼり、5月の空待つ 南アで制作ピーク

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 端午の節句(5月5日)を前に、南アルプス市古市場の井上染物店で、こいのぼりの制作作業がピークを迎えている。
 1830年創業の老舗で、すべて手仕事で制作する。7代目当主が、全長4メートルの木綿の生地に、もち米やぬかで作ったのりで輪郭を描き、赤や黄、緑、藍などの染料でうろこなどを色付けしていく。水でのりを洗い流した後、裁断と縫合作業を行う。1匹当たり2週間程度で完成させる。
 作業は2月から本格化し、4月末まで続く

(写真)こいのぼりを制作する井上さん=南アルプス市古市場

【山梨日日新聞 4月22日掲載】

【ふるさとニュース】

初夏の味、収穫始まる ハウスサクランボ

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 ハウス栽培のサクランボの収穫が南アルプス市内で始まった。収穫は5月上~中旬にピークを迎え、下旬まで続く。
 同市西野の農家は19日、高級品種「高砂」を収穫。鈴なりになった赤い実を一粒一粒丁寧に摘み取った。この日は約2キロ収穫した。
 農家によると、生育は良好で味の良いサクランボに仕上がったという。農家は「新型コロナウイルスなどで閉塞感のある日々が続くが、初夏の味のサクランボを食べて幸せを感じてほしい」と話した。
 JA全農やまなしによると、サクランボは東京・大田市場などに出荷され、1パック(80グラム)千円前後で販売される。出荷量は7・4トン(前年比97%)を見込んでいる。

(写真)赤く実ったサクランボを摘み取る農家=南アルプス市西野

【山梨日日新聞 4月20日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

ハッシュタグ案、募集 南ア市、インスタ開設で

 南アルプス市は、写真共有アプリ「インスタグラム」に市に関する写真や動画を投稿するときに付けるハッシュタグを決めるため、「市オリジナルハッシュタグ募集・投票キャンペーン」を行う。
 市公式アカウントの開設を受けて企画。応募者は市公式アカウントをフォローし、ダイレクトメッセージ機能で氏名とハッシュタグ案を送る。
 市の担当者が応募作品の中から三つのハッシュタグ案を選定して投稿し、インスタグラムの利用者に「いいね」で投票してもらう。「いいね」が最も多かったものをオリジナルハッシュタグとする。案の募集期間は5月1日~6月12日、投票期間は7月1~31日。
 最優秀作品には、市の特産品1万5千円分、優秀作品2点には5千円分を贈るほか、参加賞として抽選で選ばれた応募者5人と投票者3人にも3千円分をプレゼントする。
 市秘書課の担当者は「市民や観光客も使用したくなるような、分かりやすく親しみやすいハッシュタグを考案してほしい」と話している。

【山梨日日新聞 4月19日掲載】

【ふるさとニュース】

サクランボ甘く実って 南アで授粉作業

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 サクランボ産地の南アルプス市で、農家がサクランボの授粉作業に追われている。
 同市上今諏訪の観光農園「フルーツバスケット・原」では12日、高級品種「紅秀峰」や「佐藤錦」など数品種の作業を行った。代表の原さんら3人が毛ばたきを使って花粉を丁寧に花のめしべに付けていた。畑にはミツバチが放たれ、受粉を手助けしていた。
 原さんによると、今年は昨年より10日ほど遅い4日に開花。作業は4月中旬まで行われ、摘果作業などを経て、5月下旬~6月上旬に収穫を迎える。原さんは「良い天気が続いているので、このまま順調に育ってほしい」と話している。

(写真)サクランボの授粉作業をする農家=南アルプス市上今諏訪

【山梨日日新聞 4月16日掲載】

【季節の便り】

大祭「御柱祭」が開催されました

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 4月3日(日)、6年に一度行われる諏訪神社の「御柱祭」が開催されました。今諏訪地区の「御柱祭」は、信州諏訪の「御柱祭」の流れをくむもので五穀豊穣、無病息災を祈って、寅と申の年に今諏訪の御柱社に2本の御神木を立てる古くから伝わる伝統的な祭りです。
 祭には、氏子や地元住民ら約400人が参加し、諏訪神社の上社と下社で、神事を行った後、地域内でご御神木を引き回す「里曳き」を行いました。御神木の上では、木やり会のメンバーが「世界の平和はみんなの願い」などと「木やり唄」を勇壮に歌い上げたほか、御神輿や万燈、子どもたちの舞などが後を続き、祭りを彩りました。
 里曳きされた2本の御神木は、御柱社に6年間安置され地域を見守ります。

 

安藤家住宅で端午の節句

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 重要文化財である安藤家住宅で、端午の節句飾りを展示します。甲州独自の節句人形(カナカンブツ)や、全長9メートルの巨大鯉のぼりを展示します。
 男の子の健やかな成長を祝う伝統行事を歴史ある住宅の雰囲気と共に楽しみませんか?

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開催日]4月22日(金)~5月30日(月)
時 間]9時~16時30分 ※入館は16時まで。
休館日]火曜日(5/6(金)) ※5月3日は開館します。
入館料]大人300円、小中高生100円

 詳しくは、南アルプス市ホームページをご覧ください。

お問い合せ
南アルプス市文化財課 TEL 055-282-7269
安藤家住宅 TEL 055-284-4448

[南アルプス市役所 秘書課]
「広報 南アルプス」はこちらから

【連載 今、南アルプスが面白い】

南アルプス市の縄文人は、いつ、どこに?

はじめに

 先月に引き続き甲斐源氏の話題をと考えておりましたが、例の大河ドラマでは先月以来甲斐源氏がほとんど登場していないため、来月までこの話題は取っておこうと思います。その代わりに、南アルプス市の縄文文化についてのちょっとしたニュースがありましたので、その話題から始めてみましょう。
 昨年実施された「全国縄文ドキドキ総選挙2021」にて見事優勝した、南アルプス市鋳物師屋遺跡から出土した「人体文様付有孔鍔付土器」(長いですよね!!)の愛称が決定したというものです。
 多くの来館者による応募の中から、最終的に決定したのは、、、
「ぴ~す(ピース)」
 3本指の手がピースサインのように見えますし、ラヴィとコンビで「ラヴィ&ぴーす」としてますます南アルプス市の縄文文化を広められたらと考えています。「ラヴィ&ぴ~す」、まさに今の世の中に必要な言葉かもしれませんね。

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【写真】ぴ~す

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【写真】愛称決定記念 写メスポットパネル
伝承館では1階にこのパネルを設置し、皆さん記念写真を撮っていただいています

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【写真】縄文展示室の子宝の女神ラヴィ

 ちなみに、これらはいずれも縄文時代中期中頃といって、今から約5000年前のものです。しかし、そのつくりを観察することで実はラヴィの方が少し古く、ぴ~すの方が少し後に作られたものであることがわかっています。
 一概に「縄文時代」と言っても1万数千年続いていますから、その中でも紆余曲折があったことでしょう。南アルプス市の縄文人たちはいつぐらいに市内のどのあたりに暮らしていたのでしょう?ずっと同じところに暮らしていたのでしょうか?今回は、そんな話題について、紐解いてみたいと思います。

 

縄文遺跡の分布と変遷

 南アルプス市内の縄文遺跡は、主に、①櫛形山の東麓に位置する市之瀬台地の周辺地域と、②扇状地上の上八田や徳永地域の、大きく2つの地域に分布しています(図1の赤で囲んだ範囲)。両地域の間にはちょうど御勅使川の旧流路が流れていたため、流路をさけて占地していたように見えます。とはいっても、上八田や徳永地域に登場するのは縄文時代後期初頭のみで、それ以外は縄文時代早期から後期までを通して市之瀬台地周辺に集中しており、その後空白の期間を挟んで晩期から弥生時代にかけて、扇状地などの低地部に分散していく様子がわかっています。
 ラヴィやぴ~すが出土した「市之瀬台地」周辺には特に縄文遺跡が集中していますので、このエリアを中心に時代を追いながらみていきたいと思います。遺跡の概要は過去の記事やホームページ「文化財Mなび」も参考にしてください。

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【図1】市内縄文遺跡分布図

 

市之瀬台地と縄文遺跡

 市之瀬台地は櫛形山の東麓、標高520m~400m程を測り、あやめが丘などの台地の先端部では約100mの比高差をもつ崖線が形成されています。また、山から流れ落ちる多くの河川が台地を開析しているので、西から東に向かって伸びる細長い舌状台地が南北に並んだ集合体とも言えます(図2・図3)。

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【図2】市之瀬台地周辺の地形と遺跡の立地
 
 まさにこの市之瀬台地の周辺地域から南アルプス市の歴史は始まったと言え、旧石器時代の遺跡も縄文時代の遺跡もその台地の上面、縁辺部(斜面部)、台地直下の扇状地に分布がみとめられます。そのうち発掘調査が行われ、部分的にせよ集落の存在がみとめられたのは全てで12遺跡となります。
 それらの立地や住居の数などをまとめたのが表1で、図と見比べると、時代を追ってその移り変わりをご覧いただくことができます。

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【図3】市之瀬台地周辺の発掘調査が行われた遺跡分布と変遷イメージ


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【表1】縄文時代中期を中心とした、集落遺跡の変遷表
草創期と晩期を省略し、立地する地形ごとに区分して表示しています。「中期」を細分する「狢沢」「新道」などは土器形式名で、土器の文様の特徴などで時期差が判別できます
 
 先にこの表や図の見方を説明します。発掘調査は、工事などによって遺跡が壊れてしまう部分だけを行いますので、調査されたのはあくまでも遺跡のごく一部といえ、発見された住居の数などは遺跡全体で考えるともっと多くなることが予想されます。集落全体が把握されたのは鋳物師屋遺跡だけといえます。厳密にいうとこの集落は鋳物師屋遺跡と〆木遺跡と川上道下遺跡にまたがっていて、総称して鋳物師屋遺跡と呼んでいます。
 図3は遺跡の中でも発掘調査の行われた調査区の範囲だけを示しています。大きめの画像にしましたのでアップにしてご覧いただけると細かい位置がわかると思います。
 時代の区分も、中期という時代は発見された建物の数も多いので細かく分類できていますが、ほかの時代はそこまで細分できていませんので、表の一マスが同じ「時間」を表しているわけではありません。

 

市之瀬台地から始まる

 南アルプス市では縄文時代早期の土器は市之瀬台地上の様々な遺跡で出土していますが、建物跡などは見つかっていません。転々と移動しながら暮らしていた可能性もあります。ムラ(集落)として確認できるのは今から7000年近く前の、縄文時代前期前半の頃といえます。住居がまとまって検出されたり、お墓やその他施設などが揃うなど、一定の期間暮らしが継続した痕跡が見つかって初めてムラと言えるのですが、中畑遺跡からは12軒の建物跡が発見されていますので、現在のところ南アルプス市での最古のムラ跡と言えます。ここは市之瀬台地の上、ほたるみ館の北にある西地区多目的広場のグラウンド部分で、7000年前の集落はさらに北の方へと広がっているものと考えられます(図3の緑の位置。ムラ跡全体を掘ることができれば、実際にはもっと軒数は多くなるものと思います)。

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【写真】中畑遺跡周辺の航空写真
 
 ここでは個別の遺跡の調査内容については省略しますが、中畑遺跡の次にまとまって縄文時代の建物跡が検出されたのは中期初頭といえ、中畑遺跡に隣接する長田口遺跡や新居田A遺跡にまたがる範囲です。長田口遺跡はほたるみ館やその北側の広場の駐車場部分、広域農道付近を指し、新居田A遺跡はそこからあやめが丘へ伸びる農道になりますので、遺跡名は違いますがこれらは同じムラ跡と考えられます。遺跡名は小字名から名づけるので、全く違う遺跡のように感じてしまいますが、実は当時は同じ「ムラ」であるということはよくあります。
 その後この地域でも細々と暮らしは継続していたようですが、大規模なムラではなくなるようです。では縄文人たちはどこへ移動したのでしょう。現在のところ、発掘調査でわかっている遺跡の内容からは主に二方向への移動の様子が伺えます。一方は、同じ台地上を上野、中野と移動しながら南下してゆき、中期の終わりごろに再び中畑遺跡や長田口遺跡周辺へ戻ってきます。
 もう一方は台地下の扇状地へ移動したように見えます。ちょうど、長田口遺跡などの集落が全盛を終えるあたりから、入れ替わるように扇状地に立地する鋳物師屋遺跡が全盛を迎えてゆきます。鋳物師屋遺跡の「ラヴィ」はちょうど「新道式」と「藤内式」の狭間あたりの土偶といえ、また「ぴ~す」は藤内式の土器といえますので、鋳物師屋遺跡の全盛期に作られたものであることがわかります。鋳物師屋遺跡はまとまった数の建物跡が検出され、またラヴィやぴ~すに代表される特殊なマジカルなモノを多く持った、拠点的な集落であったことがわかります。藤内式期を最後にその後はほとんど生活の痕跡がみられなくなります。建物跡に土砂が厚く堆積する例があることから、土石流などの影響でムラごと移動したのではないかと考えられています。

 

扇状地の縄文人

 では、鋳物師屋の縄文人たちはどこへ移動したのでしょうか。発掘調査の結果からヒントが見えてきます。藤内式期以降、拠点的な集落として「曽根遺跡」や「北原C遺跡」が隆盛を誇ります。いずれも鋳物師屋遺跡と同じ台地下の扇状地に立地しているのです。特に、北原C遺跡は多くの土偶や動物を象った土器など、特殊なマジカルなモノを多く持っていることが特徴的で、まるで鋳物師屋遺跡の性格を引き継いでいるかのように思えるのです。
 あくまでも想像の世界ですので、集落ごと引っ越してきたかどうかは判定できませんが、ただ、特殊なマジカルなモノを多くもった大規模な集落が台地下に展開しているという点は注目に値すると考えています。
 これまでにも何度か紹介してきましたが、縄文人たちは豊かな感性とそれを形にすることができる豊かな技術を持ち合わせています。しかし、マジカルなモノが発達するということは、祈りや願いを強く持たなければならなかったということの証しといえ、そういった現象が台地下の扇状地域に偏重しているということに何かしらの意味があるのだと考えます。土石流をおそれていたのでしょうか?「自然」に対して畏れ、祈り、感謝しながら暮らしてきた様子が垣間見られます。

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【写真】北原C遺跡の航空写真

 

その後はさらに謎

 縄文時代中期終末以降さらに謎が深まります。台地の上では広く分布がみとめられていたのに、その後の後期初頭になると、占地の様子がガラッと変わります。例えば台地上の長田口遺跡や中畑遺跡周辺(ほたるみ館周辺)では、より川や谷に近い位置に寄ってきて、さらに晩期になると新居田B遺跡を含め、完全に川沿いのエリアだけに遺構がみとめられるようになります。
 また、台地縁辺部の斜面のきつい横道遺跡や、御勅使川の旧流路を挟んだ扇状地上の上八田や徳永地域周辺に突如(?)現れるのです。その後、後期の中頃から晩期初頭までは完全に謎で、市内に集落の存在は確認できていません。次に縄文人の痕跡に出会えるのは縄文時代の最終段階、晩期終末なのです。市之瀬台地の下の天神社遺跡をはじめ、市内各地の扇状地上に晩期縄文人たちの痕跡がみとめられるのです。

 

おわりに

 南アルプス市縄文人たちの謎は深まるばかりですが、現在発掘調査が行われた遺跡から見えるムラの移り変わりの概要は以上となります。現在も市内の各地で、工事に伴って消滅してしまう遺跡の発掘調査が行われていますので、いずれまた、新たな調査成果を踏まえて紹介できればと願っています。最後になりますが、ここでご紹介した遺跡の出土資料は「ふるさと文化伝承館」で展示されていますので、ぜひ本物をご覧いただければと思います。

※各遺跡の概要はホームページ「文化財Mなび」や過去の記事をご覧ください。
南アルプス市ふるさとメール: 根方の魅力②~南アルプス市最初の定住者 (lekumo.biz)
南アルプス市ふるさとメール: 根方の魅力③~中畑遺跡が教えてくれる南アルプス市最初の定住生活 (lekumo.biz)
南アルプス市ふるさとメール: 根方の魅力⑤~自然との共生を祈るムラ「北原C遺跡」(前半) (lekumo.biz)
南アルプス市ふるさとメール: 根方の魅力⑥~自然との共生を祈るムラ「北原C遺跡」(後半) (lekumo.biz)
2.眺望の魅力 市之瀬台地 | 文化財Mなび (route11.jp)

【南アルプス市教育委員会文化財課】

【山梨県内のニュース】

甲府~新宿、20往復に 高速バス

 山梨交通(甲府市飯田3丁目)などは15日から、新型コロナウイルス感染拡大の影響で運休していた高速バス「甲府~新宿線」の一部の運行を再開する。現在運行している18往復から20往復に増やす。
 山梨交通によると、周辺県のまん延防止等重点措置の解除で利用者数が増加。満席や満席に近い状況が続いたため、増便した。
 再開する運行ダイヤは、甲府駅発が午前7時半、午後3時半、新宿発は午後5時35分、午後9時25分の2往復。甲府~新宿線は山梨交通、富士急バス、京王バスが共同運行し、今回は山梨交通と富士急バスが1往復ずつ再開する。

【山梨日日新聞 4月15日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

県「スポーツエンジン」立ち上げ
第1弾自転車イベント 10月、南ア林道で実証実験

 県は11日までに、官民が一体となり、スポーツによるまちづくりや地域活性化に取り組む組織「やまなしスポーツエンジン」を立ち上げた。第1弾として、10月に一般車両が入れない南アルプスの県営林道を舞台にサイクル(自転車)イベントを開く。今回は関係者による実証実験で、来年度の事業化を目指す。

 事務局の県スポーツ振興局によると、サイクルイベントは一日限定で開催する。南アルプスの林道や県道は冬季は閉鎖されており、夏季は一般車両の通行を禁止する「マイカー規制」が行われているが、イベントの当日だけ自転車で走れるようにして「特別感」を演出する。
 今回は専門雑誌やメーカー、ユーチューバーらサイクル関係者らが現地を走行して実証実験を行う。100人程度の参加を予定し、安全性や適正規模、開催費用といった面で事業として成立するかを検討する。
 自然環境を生かしたアウトドアスポーツと「食」、歴史文化を組み合わせたイベントにしていく考え。参加者がイベント前後に現地に宿泊し、地元食材を味わい、地域の魅力を発見する波及効果にも期待している。

【山梨日日新聞 4月12日掲載】

【山梨県内のニュース】

武田信玄生誕500年「春の宴」満喫 甲府でイベント

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 信玄生誕500年を祝う記念イベント「春の宴」(信玄公生誕500年記念事業実行委、山梨県主催)が9日、JR甲府駅周辺で開かれ、来場者が多彩な催しを楽しんだ。会場には県内市町村の観光協会などがブースを出展し、県産ワインなどを買い求める多くの人でにぎわった。
 イベントは、JR甲府駅北口のアシストエンジニアリングよっちゃばれ広場と舞鶴城公園で開催。広場のステージではジャズの演奏や「戦国仮装大会」などが行われた。

(写真)会場に詰めかけた大勢の来場者。感染対策を徹底し、イベントを楽しんでいた=甲府市内

【山梨日日新聞 4月10日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

ジャズメドレー、最終公演を彩る 南アの音楽祭

 南アルプス市でクラシック音楽のコンサートや音楽教室などを行う「ずーどあるぺん音楽祭」(同実行委主催)が4日、閉幕した。
 市内出身のバイオリニスト藤原晶世さん・チェリスト藤原秀章さんきょうだいとピアニストの開原由紀乃さん、バイオリニストの倉冨亮太さん、石上真由子さんが出演。3月4日に開幕し、あやめホールやふるさと文化伝承館など市内12カ所で演奏した。
 4日は芦安山岳館で最終公演を開催。「見上げてごらん夜の星を」や「チャルダッシュ」、ジャズのメドレーなどを披露し、会場からは大きな拍手が送られた。
 市民有志が初めて企画。保坂実行委員長は「多くの人にクラシック音楽を愛してもらえた」、晶世さんは「今後も音楽祭を続けていけたらうれしい」と話していた。

【山梨日日新聞 4月8日掲載】