前回から紹介している北原C遺跡。
曲輪田の台地裾に立地するこの遺跡は、集落のほんの一部を調査したにすぎませんが、南アルプス市で初めての発見も相次ぎました。出土した資料を観察すると、これまで他の遺跡から出土した資料にみられるものと違った神秘的な、そして縄文人の世界観・造形美を感じ取れるようなものが多くみられました。その特徴的なものをいくつか紹介しましょう。
縄文人の造形美~水煙把手付土器~
【写真左=水煙把手付土器】【写真右=同出土状況】
約4200~4300年前、曽利式期(前号で黄色で示した住居跡の時代)を代表する土器で、豪華で流線的なラインの把手のつくりが水煙を彷彿(ほうふつ)させることから水煙把手付土器と名づけられています。新潟県方面に特徴的な「火炎土器」に対して「水煙土器」とも呼ばれる土器で、北原C遺跡の縄文人の造形美を表現している大変貴重な資料です。
この土器は地面に据えるように埋められていました。一部が破損していますが、ほぼ全体がそろった例はまれで大変貴重です。
これも水煙把手といわれる土器のひとつで、他の土器や大きな石に覆われた状態で出土しました。
土器の特徴から時代が分かる
北原C遺跡からは、以上紹介した土器以外にも造形的に大変美しい土器が出土しています。これらのように土器に描かれる文様は考古学的に大変貴重な手がかりといえます。それは縄文土器の文様や装飾には地域と時代とで流行があり、比較検討する重要な要素となるからです。色々な地方の流行が混じった土器もあったりして、当時の文化交流の様子を伺うこともできるのです。
北原C遺跡からは土偶やヒト、動物の姿をあらわした土器の把手が多数出土しています。土偶は女性を表現し、命や出産をあらわしたものが多く、また、ヘビは男性のシンボルを表しているとも解釈され、子孫繁栄を祈ったものといわれています。
【写真左=顔面把手】【写真中央=動物形土製品】
北原C遺跡の土器を良く観察すると、土器の傍らにヒト(土偶・女神?)や動物をかたどった文様があり(左写真・中写真)、土器の口縁に向かってはい上がる蛇の姿(右写真)や、3本指の手など、人間とは区別されたものが描かれているのが分かります。
生命の誕生
こちらの土器は非常に珍しく、天を向いた4匹のカエルと、カエルに乗ってトグロを巻いているヘビが装飾されているように見えます。
カエルやヘビをそれぞれ描いた土器はありますが、このようなセットでの装飾は非常に珍しく、男女のセットで描かれるこの文様からは、生命や生命の誕生への思いが込められていると考えられます。
ミニチュア土器
高さ約4㎝の小さな土器ですが、しっかりとしたつくりにきちんと文様が描かれていました。内側をのぞくと赤く着色されているように見えます。青森県などからはこのような小さな土器に赤色顔料が入ったままの状態で出土した例もあり、この土器も顔料が詰まっていた、いわば絵の具入れだったのかもしれません。この頃の土器や土偶には表面を赤く塗ったものもみられ、この赤という色からも、マジカルで神秘的な雰囲気が強く感じられます。
木の実のような姿をした直径4Cmにも満たない土鈴です。レントゲンで中身を調べると小石が入っていることがわかりました(右写真)。実用の鈴というよりは森の恵みや生命への祈りの道具として作られたとみられます。
北原C遺跡から出土した資料のうちのほんの一部を紹介しましたが、このように日常の道具とは違った珍しい資料が多く出土しているのです。出土資料には動物や植物などの「かたち」を通して、「生命」を表現したような神秘的なものが多く、「祈り」や「思い」といった精神世界が色濃く表れているのが最大の特徴です。
今よりも、自然と密接に関わりあいながら生きてきた縄文人たちは、きっと自然を恐れ、翻弄(ほんろう)されながらも上手に付き合い、そして「自然」の恵みに感謝しながら、「自然」に祈り、豊かにそして力強く暮らしてきたことでしょう。
北原C遺跡の縄文人たちが創り出した「かたち」からは自然と上手に共生して暮らそうとしていた「思い」が伺えます。
まさに、現代を生きる私たちへのメッセージのようにも思えるのです。
[南アルプス市教育委員会文化財課]