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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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2021年3月

【季節の便り】

学び舎にわかれ、市内中学校で卒業式

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 3月11日(木)に市内の公立中学校で卒業式が行われました。今年度は新型コロナウイルス感染症の影響により、臨時休校や修学旅行を中止した学校もあり、今までとは異なる学生生活を送る一年間となりました。最後の卒業式も出席者を限定しての開催になりましたが、卒業証書を受け取った卒業生は、新たな目標に向かっての一歩を踏み出しました。

 

静謐(せいひつ)なる空間の調べ「遠藤 享」展

 遠藤享は1933(昭和8)年に甲府市生まれました。日本を代表するグラフィックデザイナーとして高い評価を受ける一方、精力的に版画制作を続け、海外でも高い評価を受けています。
制作にあたっては、写真と製版の技術を導入し、オフセットリトグラフによる作品制作というジャンルを開拓し、その後はコンピューターグラフィックスの先駆的な表現を確立した版画家として知られています。
 今展では、初期の作品から最新作まで70点余りを展示し、遠藤が歩んだ画業を辿ります。

期 間]4月11日(日)まで
時 間]9:30~17:00(入館は16:30まで)
場 所]南アルプス市立美術館(南アルプス市小笠原1281)
休館日]3月15日(月)、22日(月)、29日(月)、4月5日(月)
入館料]一般320円・大高生260円・中小生160円
※入館料には団体割引などがあります。小学生未満・65歳以上の方は無料です。
※小・中・高生は毎週土曜日無料です。

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《SPACE&SPASE N1911》2019年 個人蔵
※無断転載禁止

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《SPACE&SPASE N1908》2019年 個人蔵
※無断転載禁止


※ 新型コロナウイルスの感染状況により、臨時休館する場合もあります。開館情報につきましては当館ホームページでご確認いただくか、電話にてお問い合せください。
※ 来館の際にはマスクの着用、入口での手指消毒等、感染防止へのご協力をお願いします。

お問い合せ
南アルプス市立美術館 TEL 055-282-6600

[南アルプス市役所 秘書課]
「広報 南アルプス」はこちらから

【連載 今、南アルプスが面白い】

時を超えて響く言葉
~なにげない日常をつなぐために~

 今から約114年前の明治40 (1907)年8月22~28日、台風による大雨が山梨県に降り続き、笛吹川や重川、日川、釜無川をはじめとするいくつもの河川が決壊、死者233人、流された家屋は約5,700軒以上、山崩れは約3,334箇所にも及ぶ大水害が起こりました。明治時代は洪水が頻発した時代ですが、それでも当時の新聞を見ると水害の大きさが「未曾有」の言葉で繰り返し表現されています。南アルプス市域では上高砂・下高砂、下今諏訪の釜無川の堤防が決壊、さらに下流の「将監堤一万石」とうたわれた鏡中條の将監堤が決壊し、浅原、藤田、田島、西南湖、東南湖、泉、鰍沢などの村々に甚大な被害が出ました。

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【写真】明治40年水害図 『山梨県水害史』

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「同堤防(将監堤)は付近の住民に取りては咽喉部とも云うべく然ればこそ築堤の如きも全力を慈(これ)に傾注して萬世の安固を期したりしなり、然るに今回の出水は実に近古未曾有と云うべく降り灑ぐ・・・(中略)・・・南湖村・・・何も生きたる心地なく(僅)かた屋根棟に避難し生命を全うしたる有様をりしが・・・長久寺に避難民を収容し救助しつつある者千二百人余なり、同村(南湖村)は昨三十九年大火(水?)災を蒙り、今年又た未曾有の水害を被り」
『甲斐新聞 明治40年8月31日』より。()は文化財課が加筆・修正

 この時の被災状況を詳細に記録したのが南湖村水害図です。水害図には被災した地図とともに村ごとの死傷者数、被害家屋、被害土地や農作物、堤防の破堤日時や状況が詳しく記載されています。この水害図を製作したのは南湖村の私塾天民義塾で、塾長であった国学者綿引健(通称竹次郎)がその経緯を詞書に書いています。

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【写真】南湖村水害図

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【写真】南湖村水害図詞書

「今から80年前、将監堤が決壊して(釜無川が)氾濫しその惨害を極め、南鰍沢に至って止まった。時が移りゆく中で、人々は周りの人々のことを考えず、自らの安全ばかりを追い求めるようになったが、明治40年8月25日、再び(将監堤が)決壊し、(その被害は)見渡す限りすさまじくいたましい状況で、田園の荒廃は昔(の水害)と比べてさらにひどい状況である。この図がその時の状況である。どうか後世の人々よ、この図を鑑みて、よく考え、よい方策を講じてください。それをしなければ、この図を見てただいたずらに哀しむだけで、戒めとはならないでしょう。
 明治四十年十二月
 天民義塾長 綿引竹次郎 識
 私立報徳農業補習学校長 青沼兼吉 書」『南湖村水害図詞書』より(文化財課意訳)

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【写真】綿引健

 この言葉に出会った時、強く心を揺さぶられました。その言葉のとおり、水害図を見ても過去の歴史として見ているだけの自分がいたからです。「嗚呼後ノ人・・・」、この言葉からは静かな魂の叫び声と切実な祈りが伝わってきました。先生の声に導かれるように、防災の講座や広報の記事で水害図を取り上げ、水の歴史文化を扱った『堤の原風景ver4』(2021年3月改定 現在ver5)ではその内容とともに裏表紙にこの言葉を掲げました。言葉は読んだ人や聞いた人の心にも響き、来年度小学校の副読本にも掲載されることが決まりました。100年以上前の言葉が現代の私たちの心を動かしているのです。

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【写真】堤の原風景ver4

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【写真】南アルプス市社会科副読本 防災の頁

 綿引健が塾生とともに水害図を製作したのは被災した年の12月、水田は一面砂礫で覆われ、山梨県全体も復興どころか「災害後の甲州は最後の甲州」と揶揄されるほど、被害は深刻な状況でした。笛吹川流域では住むことができなくなった地域もあり、後に北海道への移住計画が立てられ約3千人が移住を余儀なくされました。このような状況の中で水害図が作られ、この言葉が生まれました。

 綿引健は水戸弘道館で国学を学び、学友であった有野村の矢崎貢に請われ、有野村で漢学を教えました。その後鏡中條、次に小笠原の私立高等英和学校で教え、明治22年頃には荊沢の市川文蔵に請われ、法泉寺で開かれていた学術研究会で教えることになります。この私塾は明治34年新学舎が完成すると天民義塾と改称され、多くの青年が集ったと伝えられます。しかし明治39年、大雨が降り続き、県内各地で大水害が発生、できたばかりの学舎が流されてしまいます。そのため天民義塾は西南湖へ移転されることになります。新天地で広く人を育てようとした矢先にまた大水害を経験したのです。

『甲西町誌』によれば、綿引先生は近所の悪童が企てた落とし穴に落ちても怒ることはなかったほど温厚な性格でした。そんな温厚な先生が残した力強いメッセージ。なぜ綿引先生は水害図を作り、未来への言葉を残したのでしょうか。残された漢詩に先生が大切にしてきたものが表現されていました。

釣魚記
「竿を堤塘の曲々に投ずるに一陰影無し。斜陽灼き四体汗するこれなり。之を久しうして標没し魚を得。竿を投じ魚を得。魚を得る事一十なり。暮色蒼然として山巓黄金を彩り山腹翠羽を帯ぶ。炊姻空冥に入り帰路に就く。梵鐘は水を度り涼風衣に入る。鳥声洩々蛙嘱閣々興涯なし家に帰るに門生は庭に迎え婦は戸に待つなり。魚を観て婦は笑を含み悦懌するなり。門生は手を拍て嵯歎す。」
『甲西町誌』より抜粋

「坪川の堤防上で魚を釣り始めたがまったく釣れなかった。それでも汗をかきながらずっと続けていると夕暮れになったころ一匹一匹釣れ始め、十数匹の魚が釣れた。山頂が黄金に彩られ、山々は深い緑色に染まっていく。家々のかまどから煙が天にたなびくころ帰り道についた。お寺の鐘の音は川の上を渡るように響き、涼やかな風が懐に入ってくる。鳥の声が響きわたり、蛙の声もはてしなく聞こえてくる。家に帰ると門人たちは庭で出迎えてくれて、妻は屋内で待っていた。魚を見ると、妻は微笑み、門弟たちは手を叩いて喜んだ。」
(上記の文を要約)

「先生、大漁ですね!」「おかえりなさいませ。晩御飯のおかずができてよかったです。さっそく夕食にしましょう。」門弟や妻の笑顔ととともにこんな声が聞こえてきそうです。

 好きな釣りを楽しみ、笑顔に包まれた夕暮れ時の穏やかな時間。詩文から日々のなにげないくらしのぬくもりが伝わってきます。私がこの文章を書いている目の前には八ヶ岳の山々が薄紅色に彩られ、早咲きの桜の花が風に揺らいでいます。遠くから鳥の鳴き声。家路を急ぎ行き交う車の音。手を繋いで散歩する親子の姿。いつものなにげない日常の風景が広がっています。

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 綿引先生が水害によって失ったもの、水害後に取り戻したいと考えたのは、こんな何気ないそして大切な日々のくらしだったのでしょう。こんな思いはさせたくない、そのためにできるだけ備えてください。この強い想いは現代さまざまな災害で被災された多くの方々が語る言葉と重なります。災害を忘れないことはとても難しいことです。けれど繰り返しそれらの多くの言葉に出会えるのなら、忘れそうな日々の大切さをまた気づかせてくれるはずです。

【南アルプス市教育委員会文化財課】

【山梨県内のニュース】

信玄の足跡思いはせ 県立博物館で生誕500年展開幕

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 山梨県立博物館の開館15周年記念特別展「生誕500年 武田信玄の生涯」(同博物館、山梨日日新聞社、山梨放送主催)が13日、笛吹市御坂町成田の同博物館で開幕した。初日から多くの人が訪れ、信玄の足跡を伝える古文書や絵画、工芸品の数々にじっくりと見入っていた。
 特別展では信玄ゆかりの資料計150点を紹介し、信玄の誕生から53歳で生涯を閉じるまでの歩みをたどる。信玄の肖像画や信玄と家臣団を描いた「武田二十四将図」のほか、「風林火山」で知られる信玄の軍旗「孫子の旗」などを展示。信玄が家臣らに宛てた書状や、上杉謙信や北条氏康、徳川家康ら信玄と争った武将の肖像画も紹介する。
 両親とともに訪れた甲府・山梨大付属小2年生は「信玄が子どもの頃に使っていたと伝わる木馬や、ゆかりの太刀が見られてよかった」と話した。
 5月10日まで。火曜休館(同4日は開館、同6日は休館)。会期中に展示替えがある。特別展観覧料は大人千円、大学生500円、高校生以下と県内在住の65歳以上、障害者と介助人は無料。

(写真)「孫子の旗」を見る来場者=笛吹・県立博物館

【山梨日日新聞 3月14日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

新婚世帯に住宅費補助 南アルプス市

 南アルプス市は2021年度、市内で新生活を送る新婚世帯に対し、30万円を上限に住宅関連費用を支援する方針を決めた。将来的な移住・定住につなげる考え。
 対象は、市内在住で夫婦ともに39歳以下で、世帯所得が400万円未満。結婚に伴い市内で新生活を送る場合、家賃や引っ越し、住宅取得費として上限30万円の補助金を支給する。
 過去の婚姻届提出の状況などを参考に20組の利用を見込み、新年度の当初予算案に600万円の事業費を盛り込んだ。
 市によると、これまでは若者の定住策として、土地の購入や家の新築などに対して奨励金を支給する制度はあったが、若者の夫婦が最初から住宅を購入することは難しいことから、アパートなどでの新生活を始める場合も支援することにした。
 市の担当者は「南アルプス市に一度は住んでもらい、充実している子育て支援策も体感してもらいたい。新生活の地として選んでもらえればうれしい」と話している。

【山梨日日新聞 3月13日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

遠藤享さんの版画72点展示 南アルプス市立美術館

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 南アルプス市立美術館は、甲府市出身で日本を代表するグラフィックデザイナー、版画家の遠藤享さんの版画作品展「静謐なる空間の調べ 遠藤享展」を開いている=写真。
 遠藤さんは、1933年に甲府市に生まれた。写真をコンピューターで処理して製版する「オフセットリトグラフ」という技法で作品を制作している。展示では、初期の作品から最新作までの72点を展示。鉛筆や本などの静物を扱った作品や、草原や森林の写真を加工して独特の世界観を表現した幻想的な作品などが並び、遠藤さんの画業をたどる。
 学芸員は「作品の静寂さや湿度を感じて、それぞれに作品を楽しんでほしい」と話している。
 4月11日まで。午前9時半~午後5時(月曜日休館)。
 問い合わせは美術館、電話055(282)6600。

【山梨日日新聞 3月12日掲載】

【山梨県内のニュース】

4月10日に須走道路・御殿場バイパス開通

 国土交通省などは10日、静岡県小山町須走-御殿場市中畑間(全長5・2キロ)の「須走道路・御殿場バイパス」の開通時間について、4月10日の午後4時と発表した。接続する新東名高速道路(新御殿場IC-御殿場JCT)も同時刻となる。
 国土交通省沼津河川国道事務所によると、同日は午前10時から、静岡県小山町の町総合文化会館で開通式典を開催。新東名高速の新御殿場ICでくす玉割りなどで開通を祝い、通り初めをする。午後4時に一般車両の通行が可能となる。
 須走道路は須走口南IC-水土野IC間の2・7キロ、御殿場バイパスは水土野IC-ぐみ沢IC間の2・5キロが開通する。御殿場バイパスの仁杉JCTから新東名高速の新御殿場ICに接続する。山梨県内の中央自動車道・東富士五湖道路が「須走道路・御殿場バイパス」を経由して新東名高速に接続し、山梨-静岡間の移動時間の短縮が期待されている。

【山梨日日新聞 3月11日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

南アルプスの縄文土器、特徴などを解説 市教委が講座

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 南アルプス市教委は3日、白根生涯学習センターで「日本遺産に認定された南アルプス市の縄文世界」と題した講座を開いた。
 市内では縄文時代の土器や土偶が数多く出土していて、2018年には南アルプス市など山梨、長野県にまたがる遺跡群が日本遺産「星降る中部高地の縄文世界」に認定された。
 市の歴史について市民に知ってもらおうと開いた講座では、市教委文化財課の保阪太一さんが講師を務め、約20人が受講した。保阪さんは市内の遺跡から出土した土器や土偶の特徴などを紹介。市之瀬台地の遺跡から長野県内で採掘された黒曜石や、関東、静岡、信州地域の特徴を持つ土器などが見つかっていることを挙げ、「流通の拠点があったとみられる。多くの地域と交流していたことが分かる」と解説した。

(写真)南アルプス市内で出土した土偶について解説する保阪太一さん=南アルプス・白根生涯学習センター

【山梨日日新聞 3月11日掲載】

【ふるさとニュース】

感染者差別「ノー」南アルプス市社協リボン配布

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 南アルプス市社会福祉協議会は、新型コロナウイルス感染者への差別や偏見に反対する運動「シトラスリボンプロジェクト」に賛同し、意思表示のために付けるリボンを配布している。
 プロジェクトは愛媛県で始まり、特産品のかんきつ類をイメージした黄緑色のリボンを付けて意思を示す。リボンには三つの輪があり、地域と家庭、職場(学校)を表現している。
 市社協は、2月上旬から職員の有志10人でリボンを作製。本来の黄緑色ではなく、市社協が「あったか色」として封筒や職員のポロシャツなどに使っているオレンジを基調に白や黄の入ったテープを使い、独自性を出している。市社協本所と同市在家塚の白根げんき館で希望者に配布している。
 市社協の担当者は「いつ誰が困難な状況になるか分からない。プロジェクトに関心を持ってもらい、誰も排除することなく、助け合いができる地域にしたい」と話している。

(写真)南アルプス市社会福祉協議会が配布しているオリジナルのシトラスリボン=南アルプス市鏡中条

【山梨日日新聞 3月9日掲載】

【山梨県内のニュース】

乙女椿かれん 昭和・押原公園

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 昭和町押越の押原公園で、町の木である乙女椿の花が咲き始め、ピンク色のかれんな花が通行人の目を引いている。
 町都市整備課によると、乙女椿は、ピンク色の花びらを重ねた八重咲きで、直径5センチほどの小さな花が特徴。昭和村時代の昭和30年代に結婚・出産時の記念樹として配布していたことから、1969年に村の木に制定した。現在は押原公園や常永地区のゆめ広場などに植えられている。
 押原公園に植えられた15本ほどの乙女椿は、例年並みの2月中旬に開花。公園の利用者や散歩をする人たちの目を楽しませている。見頃は3月中旬ごろまでの見込み。
 乙女椿は、今年4月の町制施行50周年をPRするためのロゴマークにもデザインされていて、同課の担当者は「乙女椿が町の木であることを多くの人に知ってもらうことで、町制施行50周年の周知にもつなげていきたい」と話している。

(写真)見頃を迎えた乙女椿=昭和町押越

【山梨日日新聞 3月6日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

大使館関係者が「ミロ展」を見学 南アルプス市立美術館

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 スペイン大使館の関係者が2月25日、南アルプス市立美術館で開かれた開館30周年記念「ジョアン・ミロ展」を見学した。
 同展は、20世紀を代表するスペインの巨匠ミロの初期から晩年までの版画作品約140点を紹介。同大使館のフランシスコ・ラベナ公使参事官・大使館次席やヘスス・サンツ文化科学担当参事官ら3人が訪れ、向山富士雄館長の案内で館内を見て回った。
 サンツ文化科学担当参事官は「ミロの芸術スタイルと南アルプスの雰囲気がとても合っている。ミロも日本の紙が好きだった。日本との関係がよく分かる展示だ」と話していた。

(写真)「ジョアン・ミロ展」を見学するスペイン大使館の関係者=南アルプス市立美術館

【山梨日日新聞 3月5日掲載】