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南アルプス市は、山梨日日新聞社とタイアップして「南アルプス市ふるさとメール」を発信しています。ふるさとの最新情報や観光情報、山梨日日新聞に掲載された市に関係する記事などをサイトに掲載し、さらに会員登録者にはダイジェスト版メールもお届けします。お楽しみください!

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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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2020年10月

【ふるさとニュース】

旬の味すずなり 「あんぽ柿」

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 南アルプス市で特産「あんぽ柿」の出荷時期を迎え、生産が最盛期を迎えている。
 あんぽ柿は、ころ柿よりも水分量が多く、ゼリー状の食感が特徴の干し柿。同市飯野の農業生産法人「I&Iフルーツグロワーズ」は5日から生産を始めた。種なし品種「平核無柿」の皮をむいて棚につるし、温度と湿度を丁寧に管理した施設内で1週間乾燥させて仕上げている。
 今後は甲州百目柿や大和百目柿も加え、12月上旬まで作業を続け、50~60トンを出荷する予定。今年の収穫量は平核無柿は例年並みだが、甲州百目は長雨の影響などで5割程度だという。

(写真)皮をむき乾燥させるためにつるした柿=南アルプス市飯野

【山梨日日新聞 10月22日掲載

【ふるさとニュース】

アマビエ、光に浮かぶ 南アルプス・沢登地区で切子祭典

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 南アルプス市沢登地区の伝統行事「沢登六角堂切子祭典」が13日開かれ、伝統の技術を凝らした切り紙細工「切子」が堂内に奉納された。
 地元住民でつくる「沢登切子保存会」のメンバーや巨摩高の生徒らが制作した52点を奉納。神仏や動物のほか、「鬼滅の刃」「ドラえもん」などのアニメキャラクターや、「悪疫退散」の文字が添えられたアマビエなど多彩な作品が並んだ。夜には堂内の明かりで図柄が浮かび上がり、幻想的な雰囲気になった。
 切子は六角堂の護符として、300年以上前から地区に伝わる。「つきのみ」と呼ばれる刃物で重ね合わせた和紙を彫って細やかな図柄を表現している。

(写真)六角堂に奉納され、ライトで絵が浮かび上がる切子=南アルプス市沢登

【山梨日日新聞 10月17日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

南アルプス市観光PR、東海地域に照準
果物販売や名所紹介

 南アルプス市は本年度、中部横断自動車道開通を見据えて、東海地域に市の魅力を売り込む「観光プロモーション事業」をしている。これまでに静岡県内で市産フルーツの販売会を開催。観光客誘致と特産品の販路拡大を図っている。
 市によると、来年夏に予定される中部横断道の全線開通で静岡や愛知などからのアクセスが良くなることから、東海地域を新たな商圏と捉えて企画した。これまでに、市観光協会と共催で静岡市の静岡伊勢丹でサクランボやスモモ、シャインマスカットを販売。名古屋市の松坂屋名古屋店にあるジュース店「山梨Made」でもフルーツのキャンペーンをした。中部横断道沿線のスポットを紹介する冊子も配布した。
 山梨、静岡の両県が相互に農産物や海産物などの消費喚起に取り組むキャンペーン「バイ・ふじのくに」をきっかけに、沼津市との交流もスタート。互いの特産品を販売する物産展を開催した。
 市の担当者は「静岡では山梨産のものがあまり流通していないので、南アルプス市を知ってもらう取り組みを続け、価値を高めていきたい。市に遊びに来てもらい、活性化にもつなげたい」と話している。

【山梨日日新聞 10月17日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

アヤメ保全これからも 南アルプス・櫛形山

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 南アルプス市は、櫛形山でシカの食害からアヤメを守る防護柵を張り替えた。柵の設置から約10年が経過する中で、柵内のアヤメの数が増えるなど効果も見られるという。市の担当者は「かつての花畑の状態が戻ってきている。保全活動を続けたい」と話している。

 柵は、2010年に櫛形山の裸山で約4千平方メートルを囲むように設置した。柵内のアヤメを守っているほか、適切な管理方法を探るための研究も行っている。これまでは、高さ約2メートルのプラスチック製のネットで囲んでいたが、設置から約10年がたち、劣化して破れやすくなったことから新しくすることにした。
 3日に行われた張り替え作業には、櫛形山を愛する会や韮崎高山岳部、市職員ら約70人が参加。全長約300メートルの古い柵を手分けして取り外し、ワイヤが編み込まれた新しいネットに張り替えた。
 市によると、10年前の柵設置当時はシカに食べられた影響でアヤメの花がほぼ見られない状態だったが、今年は柵内で約1万3200本の花を確認した。アヤメ以外にも、マツムシソウやクガイソウなども確認できるようになり、貴重なチョウのコヒョウモンモドキの姿も見られるようになったという。
 市の担当者は「柵のおかげで多様性が維持できている。花や虫が増えたところを、多くの人に見てもらいたい」と話している。

(写真)シカの食害からアヤメを守る柵の張り替え作業をする参加者=南アルプス・櫛形山

【山梨日日新聞 10月16日掲載】

【季節の便り】

沢登の六角堂切子祭り

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 10月13日、沢登地区六角堂の例祭が行われました。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、今年は、子ども神輿などのお祭りを中止し、密集を避け、神事と六角堂への切子の奉納のみが行われました。
 切子は「つきのみ」という刃物で、美濃和紙に図柄や模様を切り出していくため、とても繊細で高い技術が求められます。300年以上の歴史があり、今年も52点が六角堂に奉納されました。

 沢登切子保存会ホームページは、こちらから。

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絵で楽しむ歌舞伎世界

 今から400年以上も前、出雲の阿国という女性の「かぶき踊り」という踊りが始まりとなり、江戸時代に人気を博した歌舞伎。当時歌舞伎役者は今でいうアイドル的な存在で大変人気があり、庶民の間で盛行した浮世絵にも様々な形で描かれ人々の間に溶け込んでいきました。
 今展では、当館所蔵の役者絵を、歌舞伎の演目ごとに展示します。浮世絵に描かれた役者たちが、どのような芝居の中で、どのような役を演じたのか、独特のポーズやお化粧方法・衣装などを紹介し、歌舞伎をより身近に感じながら、役者絵を楽しんでいただきます。

期 間]10月31日(土)~12月20日(日)
時 間]9:30~17:00(入館は16:30まで)
場 所]南アルプス市立美術館(南アルプス市小笠原1281)
休館日]11月2日(月)、4日(水)、9日(月)、16日(月)、24日(火)、30日(月)12月7日(月)、14日(月)
入館料]一般320円・大高生260円・中小生160円
※入館料には団体割引などがあります。小学生未満・65歳以上の方は無料です。
※小・中・高生は毎週土曜日無料です。

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名取春仙《十五代目市村羽左衛門助六》
※無断転載禁止

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山村耕花《梨園の花 市川猿之助(猿翁)の早見藤太》
※無断転載禁止

※新型コロナウイルスの感染状況により、臨時休館する場合もあります。開館情報につきましては当館ホームページでご確認いただくか、電話にてお問合せください。
※来館の際にはマスクの着用、入口での手指消毒等、感染防止へのご協力をお願いします。

詳しくは、南アルプス市立美術館ホームぺージをご覧ください。

<お問い合せ>
南アルプス市立美術館 TEL 055-282-6600

[南アルプス市役所 秘書課]
「広報 南アルプス」はこちらから

【連載 今、南アルプスが面白い】

開削350年 徳島堰(2)

 前号に引き続き、完成して今年で350年の「徳島堰」についてご紹介いたします。
 今回は、この堰を作るきっかけとなった徳島兵左衛門の計画や、実際の工事に見られる特徴、工事に立ちはだかった難敵についてと、またよく耳にする徳島堰で舟運が計画されたという点についても、事実かどうか技術面と併せてみていきたいと思います。

 

徳島兵左衛門の計画

 徳島兵左衛門と徳島堰の開削については、これまで諸説が伝わり、通常は以下のようにまとめることができます。
 徳島兵左衛門が釜無川右岸の水利が乏しく広大な荒れ地が存在することを知ったことで、自身の発願により、甲府藩の許可のもと工事を実施したもので、上円井と鰍沢を結び、付近の芝地を開発し、且つ富士川の舟運を上円井まで遡上しようと計画したが、道半ばにおいて不遇の内に新田堰を藩主徳川綱重へ差出し、いずれかへ立ち去ったという内容です。
 最近では、工事が兵左衛門による発願ではなく甲府藩からの委託だとする説もありますが、いずれにしろ兵左衛門は、御勅使川の水量では御勅使川扇状地一帯に水を行き渡らせることができないと考え、韮崎市円野町上円井から釜無川の水を引くこととしています。

 

 取水口から最終地点の曲輪田新田までの17kmは、遠方まで水を届けるために緩やかな勾配で山裾を地形に沿ったルートを取っています。その分、西の山々からは何本もの川が流れ下っており、徳島堰を造るにあたって最大の悩みの種は、これらの川の存在でした。これらの川をいかに横切らせるかと、川が運び込む土砂の対策でした。

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【写真】徳島堰絵図(慶応4年)

 

 堰が川を渡る方法は主に三種の方法が採用されました。「埋樋(うめどい)」、「掛樋(かけどい)」、「請込(うけこみ)」と呼ばれるものです。多くの川では川の下に木製の箱樋(はこどい)を埋め、トンネル(埋樋・暗きょ)にして水を流しました。他には川の上を木製の樋を橋のように渡して横断する方法(掛樋)や、後世になると山から流れ下る川の水をせき止めて徳島堰の水と一緒に堰に流す方法(請込)などが用いられました。しかし、請込の場合、山から絶えず土砂が運び込まれ堰へ流入してしまうため、請込のすぐ下流に土砂の排出口を設け、常に人力で排出する作業が必要でした。
 そのため、川を横切る方法として優先すべきは、川と堰とを立体的に交差させ、水や土砂が交わらないようにすることでした。ただし、山から流れ出る川は土砂を運び込むため、河床が高くなていきます(天井川化)。そのため、当初は、川の方が低いところを流れていた「掛樋」の場所が、数年後に河床があがったことで「請込」になり、さらにその後「埋樋」に変わってゆくというように、時間の経過につれて横切る方法も見直さなければいけませんでした。
 

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【写真】徳島堰絵図(慶応4年)に描かれた埋樋(下円井村入戸野村境)

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【写真】徳島堰絵図(慶応4年)に描かれた掛樋(上条北割村)

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【写真】徳島堰絵図(慶応4年)に描かれた請込(寺沢請込)

 ルート上、旧折居村の山吹沢など四箇所の大難場があったと言われますが、中でも最大の難所が御勅使川でした。御勅使川は川幅が六〇〇メートルもあり、天下の暴れ川として知られる河川です。兵左衛門が御勅使川を横断する最初の方法として採用したのが「板せき」と呼ばれる工法で、御勅使川の水を板を並べてせき止め、徳島堰の水と合流させて堰に流すという方法です。板せきは、徳島堰と御勅使川の河床が同じ高さであったことがうかがえますが、それから四十年あまりの間に御勅使川の河床が上がったため、埋樋に変えられ現在のように暗きょとして川の下を横断したものと考えられます。

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【写真】御勅使川暗渠入口(韮崎市側)

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【写真】御勅使川暗渠出口(南アルプス市側)

 『徳島堰根源記』という記録には、江戸から連れてこられた技術者と考えられる人々の名前が見られます。大強力富野喜兵衛、大工頭中野作衛門、力者頭富野長兵衛などは専門技術者とみられ、起伏に富んだ地形に合わせ一定の勾配を保つ測量の技術と、これらの川を横断する高い土木技術は江戸から導入されたものと考えられます。これらの技術と、地元の人々の力によって通水が成功するのです。
 現在ふるさと文化伝承館で開催されているテーマ展「開削350年 徳島堰」には、富野長兵衛氏の末裔の方が見学に来られ、通水後も上円井に残り、その後の堰の管理などに携わっていたこともわかりました。

 

舟運計画は本当か

 徳島堰は耕作面積を増やす目的の他に、舟運の構想があったとされます。
 昭和34年に刊行された「徳島堰誌」(三枝善右衛門編)には「主目的は、上円井から鰍沢迄、幅2間、長さ7里余の運河開鑿の計画であった」とあり、またそれより前、文化4年に作成された「徳島堰由来書」には、当初は用水路の開削のみでなく「上円井村地内より釜無川を引き入れ、同州鰍沢迄里数七里の間用水引き通し、右堰筋通船致すに及び、信州より、、、、」とあります。
 実際のところ、着工する前年の寛文4年に兵左衛門が上円井の諏訪神社神主に宛てた証文中に「此度、巨摩郡上円井村より同郡鰍沢迄、巾弐間、長七里余新田堰堀渡し祈願に付、、、」とあるので、この証文の文言を引用したものと考えられ、確かに構想段階では、兵左衛門は用水路の終着点を鰍沢にしていたと考えられます。
 鰍沢は、十七世紀初頭に整備された富士川舟運における甲斐国の最大拠点でもありますから、兵左衛門は新たな水路と舟運との接続を想定していた可能性は高いでしょう。しかし、証文中にそのような言葉は無く、先述した由来書などを作成するにあたり、その可能性の部分が補足され、主な目的として語り継がれることになったものと考えられます。

 

 現実的には、先ほど紹介したように、ルート上には掛樋や埋樋などを二十箇所以上設置しなければならず、また、舟を通すには勾配が急すぎて舟を通すだけの水丈を確保出来ないことなどから、そもそも不可能といえます。
 徳島堰のルートは、先述した通り、緩やかな勾配を取ることでなるべく長距離先に水を運ぶよう設計されていますが、上円井から曲輪田新田までの距離約17kmで落差は約50mほどとなります。1mにつき約3㎜の勾配と言え平均勾配は約340分の1です。
 もし鰍沢まで通水した場合、曲輪田新田の標高が約400m、鰍沢の標高が約250m弱で、距離が約10kmですので、平均勾配はさらに急な約70分の1となります。
 通常、船を動かすための運河は、流速が遅く水深が確保できる1000分の1以下の勾配が望ましいそうです。ということは、現在完成している部分でさえも勾配はその3倍の急こう配といえ、鰍沢までとなると、そもそも船を通すことは不可能な斜面地といえます。
 それでも船を通す場合、水路部分の勾配は緩やかにしておいて各所に段差を作り、水位調整のための閘門(こうもん)を取り付けることとなります。江戸時代にも閘門の技術は生まれる(徳島堰よりも約60年後に見沼代用水において日本初の閘門が設置される)徳島堰でそれを行おうとすると何十か所と必要となるため、現実的とは言えません。
 ちなみに、昭和40年代から改修された現在の徳島堰の勾配は、約1000分の1といいます。そのかわり、ルート内に45か所以上の段差工が設けられているのです。

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【写真】段差工の様子

 


 実際に設計をすれば、急勾配の問題と、山から流下する河川を渡る問題がすぐに判明するわけで、兵左衛門も、早い段階で鰍沢までの通水プランをやめ、予定よりも水路の幅も狭め、用水路目的の一本に絞ったとみられます。

 

矢崎家が受け継ぐ

 寛文七年、兵左衛門の後、事業を引き継いだ甲府藩より堰の復旧工事を命じられたのが、武田氏旧臣を出自とする有野村の矢崎又右衛門とその父佐治右衛門でした。矢崎父子はまず数ヶ月かけて測量・設計を行ったのちに復旧工事に着手しますが、工事開始早々の寛文8年5月には立て続けに三度も水害に見舞われ、釜無川の取水口や御勅使川の板せきなど各所に被害が発生します。徳島堰と交差する巨摩山地から流れ出る川の数々は、たびたび多くの土砂を含んだ洪水を起こし、堰を破壊してしまいます。そのため、埋樋のように川と堰とを立体的に交差させて対策するのですが、一筋縄では進められなかったようです。その後も損壊と修復とを繰り返し、寛文10年(1670)に完成へと漕ぎ着けるのです。
 それがちょうど今から350年前のことであり、その後も改良に改良を加え、現在まで、南アルプス市の暮らしを支え続けているのです。

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 【写真】「開削350年 徳島堰」のチラシ

 

<参考文献>
「徳島堰誌」1959
「続 徳島堰誌」徳島堰土地改良区 2018

【南アルプス市教育委員会文化財課】

【市役所便り・イベント情報】

紅葉祭 今年は3日間 感染防止へ分散開催

 南アルプス市は、同市上市之瀬のエコパ伊奈ケ湖で開く恒例の「紅葉祭」を、今年は3日間に分けて開催する。新型コロナウイルスの感染予防が目的。
 紅葉祭は例年、伊奈ケ湖周辺の紅葉が見頃となる11月上旬に開催。1日だけのイベントだが、今年は来場者の集中を避けるため、10月25日、11月1、8日の3日間に分散する。
 昨年は、音楽ライブやキャラクターショー、市産果物のピューレを使ったお土産のコンテストなどを行ったが、今年は初日に市内のアマチュアバンド10組による音楽ライブ、2日目は南アルプスマウンテンバイク愛好会によるマウンテンバイクの体験会などを実施。3日目は、山梨トロンボーン倶楽部や南アルプスホルンclubなどの演奏を行う。
 飲食物の販売はせず、来場者にはマスクの着用を求める。市の担当者は「人を集めるイベントというよりも、訪れた人に楽しんでもらえるような内容にした」と話している。

【山梨日日新聞 10月15日掲載】

【ふるさとニュース】

紅葉見どころ、マップで紹介 南ア市観光協会

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 南アルプス市観光協会は、市内の紅葉スポットを紹介する「紅葉見どころマップ」を作った=写真。
 表面では市内の地図を示し、夜叉神峠や南伊奈ケ湖、安藤家住宅など10カ所のスポットについて写真付きで場所と見頃を迎える時期を紹介。裏面では、各スポットの標高のほか、12種類のカエデの葉を写真で紹介する「ミニ図鑑」を載せている。A4判のカラーで約千部作り、同市在家塚の道の駅しらねで配布している。
 市観光協会の担当者は「有名なところだけでなく、いろいろな場所の紅葉を見てもらいたい。裏面を見て、どんな樹木があるのかも知ってほしい」と話している。

【山梨日日新聞 10月13日掲載】

【山梨県内のニュース】

GoTo食事券販売 県内369店舗で利用可能

 新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受けた飲食業界を支援する国の「Go To イート」で、山梨県などは12日からプレミアム付き食事券の販売を始める。全27市町村に販売所を設置し、計77カ所で取り扱う。購入額に25%の上乗せ分を付けた食事券で、県が感染防止対策を講じていると認めた飲食店で同日から利用できる。

 事業を運営する事務局によると、8千円の購入額に25%上乗せした1万円分(千円券10枚)の食事券を販売する。購入の上限は1人1回当たり2セットだが、繰り返し購入が可能。販売は来年1月31日までとし、上限額の35億円分に達した段階で終了する。
 利用は来年3月31日までで、釣り銭は出ない。利用期間を過ぎると無効となり、払い戻しはできない。
 食事券は、岡島百貨店(甲府市)やセレオ甲府(同)、イオンモール甲府昭和(昭和町)、ラザウォーク甲斐双葉(甲斐市)、富士急ターミナルビル(富士吉田市)など大型商業施設のほか、地域ごとに商工会や郵便局、金融機関など計77カ所で販売する。
 食事券を利用できるのは「やまなしグリーン・ゾーン」の認証を取得、または申請中の飲食店。認証を受けた宿泊施設内のレストランなども対象となる。いずれの店舗も食事券を利用できる店舗として登録が必要。8日現在の加盟店は369店舗で、順次追加する。
 事務局は専用ウェブサイトで販売所や利用可能な店舗を紹介している。問い合わせは「Go To Eatキャンペーン山梨県事務局」、電話055(231)5072(平日午前10時~午後5時)。

【山梨日日新聞 10月11日掲載】

【ふるさとニュース】

自転車のルール、トイレ紙で確認

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 JA南アルプス市(中沢豊一組合長)は、自転車の交通ルールを啓発するトイレットペーパーを作った。南アルプス市内の全小中学生に贈ってルールを再認識してもらい、事故防止を図る。
 JAによると、県の条例で10月から自転車利用者に損害賠償責任保険の加入が義務付けられたことから、自転車の交通ルールを再確認してもらおうと企画した。
 トイレットペーパーには、「自転車も車両です」「違反すれば罰則」などの注意点を印刷。大きな「×」マークとともに、「信号無視」「一時停止をしない」「運転中のヘッドホン・イヤホンの使用」など違反事項や危険行為のイラストが描かれている。6450個用意し、市内の全児童・生徒に配布する。
 6日、市役所で寄贈式が行われ、中沢組合長が金丸一元市長にトイレットペーパーを手渡した。金丸市長は「子どもたちが安全に自転車に乗れるようルールを啓発していきたい」と述べ、中沢組合長は「大きな事故につながるような運転をする人もいる。自転車のルールをもう一度知ってほしい」と話した。

(写真)自転車の交通ルールを啓発するトイレットペーパー

【山梨日日新聞 10月10日掲載】