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南アルプス市は、山梨日日新聞社とタイアップして「南アルプス市ふるさとメール」を発信しています。ふるさとの最新情報や観光情報、山梨日日新聞に掲載された市に関係する記事などをサイトに掲載し、さらに会員登録者にはダイジェスト版メールもお届けします。お楽しみください!

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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

お知らせ

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2019年12月

【ふるさとニュース】

手作り和だこ、華やぐ 若草生涯学習センターで展示

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 たこ作りの愛好家でつくる「風林火山凧の会」代表の渡辺高一さん=南アルプス市山寺=が手作りした「和だこ」が28日まで、市若草生涯学習センターで展示されている。訪れた人が正月気分を味わいながら眺めている。
 竹ひごと和紙などで作った四角いたこで、役者絵を中心に、武田信玄、ピカソ、アニメのキャラクターなどを題材にした絵で彩られている。縦45センチ、横30センチの小型から縦1・7メートル、横1・1メートルの大型まで、さまざまなサイズの20点が並ぶ。
 渡辺さんは30年前から和だこ作りを続け、県内外で教室を開くなどして普及に努めている。「子どもたちが昔の遊びを知る機会になってほしい」と話している。

【山梨日日新聞 12月17日掲載】

【季節の便り】

1年間、南アルプス市“ふるさとメール”をご覧いただき
ありがとうございました

 2019年は、皆さんにとってどのような1年でしたか?
 来年は、令和初のお正月です。気持ちも新たに、2020年も皆さまにとって幸多き年となりますようにお祈り申し上げます。

南アルプスユネスコエコパーク登録5周年記念事業を開催します!

(1) 記念コンサート&取り組み発表会(定員:280名)

 2014年の登録から5周年を迎えました。山梨県内登録エリアでの自然環境活動や取り組み発表のほかコンサートなど、南アルプスエリアの魅力を体感してください。

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日 時]令和2年1月18日(土)開場13:00
   13:30~ 取り組み発表
   15:30~ コンサート
場 所]東京エレクトロン韮崎文化ホール 小ホール
  (韮崎市藤井町坂井205)
取り組み発表会]巨摩高等学校生物地学部、白根高等学校自然科学部、韮崎高等学校、アジア航測㈱、NPO法人・早川エコファーム
コンサート出演者]韮崎工業高等学校・太鼓部、風カヲル時、erica


(2)南アルプス学講座(定員:各70名)

  南アルプスを中心に活躍している講師を招き、コーディネーター・花岡利幸氏(山梨大学名誉教授)を加え、会場を巻き込んだ3人のトーク展開をお楽しみに。

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(第1回)南アルプスユネスコエコパークの大地を訪ねてみよう!
日 時]令和2年1月25日(土)
   9:30~(開場9:00)
場 所]南アルプス市地域防災交流センター
講 師]輿水達司氏(山梨県立大学特任教授)、萬德昌昭氏(富士川砂防事務所長)

(第2回)ニホンジカから学ぶユネスコエコパークの価値
日 時]令和2年2月22日(土)
   13:30~(開場13:00)
場 所]甲斐駒センターせせらぎ
   (北杜市武川町牧原1243)
講 師]長池卓男氏(山梨県森林総合研究所研究員)、大西信正氏(南アルプス生態邑所長)

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 どちらも無料ですが、申し込みが必要です。詳しくは、南アルプスユネスコエコパークのホームページをご覧ください。

お問い合せ>ユネスコエコパーク推進室 TEL 055-282-7261

[南アルプス市役所 秘書課]
「広報 南アルプス」はこちらから

【連載 今、南アルプスが面白い】

ヤギの原風景

はじめぇ~に
 11月23・24日、「第21回全国山羊サミットin山梨」が北杜市大泉で開かれ、大学や研究機関、行政、民間組織、山羊乳加工業者、個人など山羊にかかわるさまざまな人々が集まりました。南アルプス市教育委員会も平成25年度からNPO南アルプスファームフィールドトリップと連携し継続して実施している国指定史跡御勅使川旧堤防(将棋頭・石積出)での山羊による除草の報告を行いました。市内では50代以上の世代を中心にかつて家で山羊を飼い、山羊の乳を毎日飲んでいた記憶を持っている方が多く、山羊が子どもの頃の原風景でもありました。今月と来月のふるさとメールでは人と山羊が歩んできた足跡を辿ります。
 

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【写真】第21回全国山羊サミットin山梨

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【写真】将棋頭 ヤギによる除草スタート! 2013年5月28日

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【写真】将棋頭 ヤギによる除草完了! 2013年8月22日

 

1、日本でのヤギの歴史 近代までの歩み
 日本におけるヤギの歴史については、橿原考古学研究所の廣岡孝信氏が、文献史料と考古資料からヒツジの歴史とともに詳細に研究されています(廣岡孝信 2018『奈良時代のヒツジの造形と日本史上の羊』)。その研究成果から近代までの歩みをまとめてみます。「山羊」の最も古い記録は11世紀から12世紀に成立したといわれる『日本紀略』「 弘仁十一年五月甲辰 」条(820年)に、海外からもたらされた記述が見えます。その他10~12世紀で文献資料から、この時期のヤギとヒツジに対する人々の動物学的な理解度は低く、両者を混同した表現となっているそうですが、ヤギが日本に存在していたことは確かなようです。
 中世の図像には醍醐寺蔵『薬師十二神将図』の「未像」(1227年書写)や高野山眞別處圓通寺蔵『図像抄』「北斗法」の北斗曼荼羅(1310年書写)の図像はヤギがモデルと考えられ、中世の仏涅槃図にもヤギが描かれました。
 近世に入って葛飾北斎の北斎漫画などにも描かれますが、九州と沖縄を除いて日常の風景にヤギはまだ登場しません。ヤギが日本に本格的に導入されたのは明治時代初期と言われます。独立行政法人家畜改良センター茨城牧場長野支場のHPに掲載されている山羊関連年表によれば、明治32年(1899)山羊が初めて統計に入ったとされ、明治30年代に入りやっと公式的にも家畜として認知されたことになります。

2、山梨県におけるヤギ飼育の歩み
 山梨県にはいつからヤギが導入されたのでしょうか。山梨県統計資料では明治時代には項目がなく、大正2年11頭から統計が開始されます。中巨摩郡と南巨摩郡が最初の飼育地域でした。それ以前にも飼育されていた可能性はありますが、本格的な導入は大正時代と考えてよいでしょう。ちなみに羊もこの年5頭から始まります(グラフ1)。

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【グラフ1】山梨県山羊頭数の推移 山梨県統計年鑑・公益財団法人畜産技術協会HPの山羊統計を基に南アルプス市教育委員会文化財課作成
 

 昭和9年には千頭を超えて1,195頭となり、太平洋戦争中の昭和17年には7,655頭にまで増加、昭和24年の21,404頭とピークを迎えます。この年を境に減少し、昭和32年には12,102頭とほぼ半減し、以後毎年の統計資料に山羊の頭数は掲載されなくなりました。公益財団法人の畜産技術協会HPの山羊統計(http://jlta.lin.gr.jp/sheepandgoat/goat/toukei.html)によれば、昭和50年1,860頭、昭和63年には220頭まで少なくなり、私たちの風景からヤギが姿を消すことになります。平成28年には167頭にまで減少しました。

 次に各家での頭数と牡牝の比率を見てみましょう。昭和13年を例に挙げれば、山羊を飼育する2,429戸の内、1頭飼いが2,044戸で約84%、2頭飼いが319戸で約13%を占め、通常は1頭、多くても2~3頭だった飼育状況がわかります。さらに飼育頭数3,146頭の内、約85%の2,676頭が牝、470頭が牡であり、ほとんどの家で山羊乳を目的に牝を飼育していたことがわかります(表1)。

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【表1】山梨県山羊頭数の推移 山梨県統計年鑑・公益財団法人畜産技術協会HPの山羊統計を基に南アルプス市教育委員会文化財課作成

 最後に地域別に見ると、昭和25年21,631頭中、北巨摩4,015頭で約18.5%、次いで東山梨郡3,699頭で約17%、中巨摩郡は2,009頭で約9.2%を占め、甲府市以外の各地域、どこででもヤギが飼育されていた状況が把握できます。まさにヤギが山梨県の風景の一部になっていた時期といえるでしょう(グラフ2)。A_3 【グラフ2】昭和25年 地域別山羊頭数

3、旧源村の愛育会と山羊研究
(1)昭和初期から太平洋戦争中
 多くの家でヤギを飼い始めた昭和初期から昭和20年代、南アルプス市に存在した旧源村でのヤギの風景を見ていきましょう。源村は御勅使川扇状地の扇頂部に位置し、明治8年有野・塩前・大嵐・須沢・駒場・築山の6村が合併した村で、昭和34年白根町と合併するまで存続しました。源村で特筆されるのは昭和8年(1934)当時の皇太子誕生を記念し、母子の保健・福祉の増進を目的として設立された恩賜財団母子愛育会によって、昭和12年母子愛育村に指定されたことです。以後源村母子愛育会(以下愛育会)が設立され、母子の健康と福祉向上のための事業が太平洋戦争中にも進められました。

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【写真】源村字別地図(愛育会史料)

 源村では少なくとも昭和の初期から山羊が飼育されていましたが、山羊が各家庭で一般的に飼われるようになったのには、戦中戦後の愛育会の取り組みが大きな役割を果たしました。愛育会には発足から多くの史料が残されており、その史料から山羊と人との移り変わりを繙といていきます。
 
 昭和19年8月15日付源村長・愛育会長から源国民学校長及び愛育会副会長宛に山羊飼育講習会開催への協力依頼文書が出され、戦時中から山羊飼育の研究が行われていたことがわかります。

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【写真】「山羊飼育講習会開催ニ関シ協力相煩度件」(愛育会史料)

 昭和20年1月6日付け「山羊増殖に関する打合会開催通知」によれば、1月15日に今後の山羊調査と講習会への準備打ち合わせ会が行われ、1月26日には山羊飼育の専門家である根岸八郎技師を招き村初めての山羊増殖懇談会が開催されました。以後源村の山羊の飼育には根岸八郎技師が深く関わっていきます。5月29日には同技師が講師となり山羊飼育講習が開かれました。
 
(2)太平洋戦争後の歩み
 昭和20年8月15日太平洋戦争が終わりあらゆる物資が不足する中、愛育会は母子の栄養改善のため山羊乳を利用することを事業の柱の一つとし、山羊の飼育と普及を推奨しました。全国に目を向けると、食料不足に対応するため山羊乳が推奨され、昭和21年7月25日に日本山羊協会が設立されました(「日本山羊協会設立趣意書」)。こうした全国的な動きと連動して昭和21年、源村でも愛育会が中心となり山羊組合が設立されました。設立にあたり、村内の山羊飼育者名、牝牡別、年令、泌乳能力、売買や死亡などを有野や築山、飯野新田など旧村ごとに記録した山羊名簿が初めて編纂されます。
 

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【写真】日本山羊協会設立趣意書(愛育会史料)

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【写真】昭和24年 有野 山羊名簿(愛育会史料)

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【写真】昭和24年 有野 山羊名簿(愛育会史料)

 「昭和22年度山羊計画 源村母子愛育会」を見ると、山羊振興の具体的な施策がわかります。その柱は第1に品種を改良し、第2に飼育を普及させ、第3に山羊乳を利用するというものでした。具体的な方法は第1の品種改良では根岸八郎氏が斡旋した種牝、種牡を移入し、雑牡は去勢してより乳量の多い山羊の育成が目指されます。第2の普及事業では山羊市場を開催し、個人の売買を禁止して山羊組合が山羊の規格の適正化、今でいうブランド化を図ろうとするものです。実際に昭和22年5月29日初めての山羊市場が開かれ、山羊27頭(村24、外3)が参加しました。第3の山羊乳の利用化では、山羊飼育の講習会の開催、山羊乳を子どもや妊婦、病人へ重点的な斡旋、チーズやバター加工の研究とその施設整備が目的とされました。

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【写真】昭和22年度山羊計画 源村母子愛育会(愛育会史料)

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【写真】昭和22年度山羊計画 源村母子愛育会(愛育会史料)


 源村の山羊統計をみると昭和21年から急速に山羊が増加し、多くの家庭で牝山羊が飼育されていたことがわかります。昭和21年の源村の山羊飼育数は牝131頭、牡7頭、計138頭でした。翌昭和22年2月1日調べでは牝177頭、牡20頭、計197頭、さらに同年の調べでは牝226頭、牡3頭、計229頭と随時増えていったことがわかります。
 

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【写真】昭和22年 源村山羊綿羊飼育調(愛育会史料)

 
(3)ヤギはどこへ行った
 山羊飼育が転機を迎えるのは昭和25年ごろです。日本山羊協会の根岸技師からの要望で、愛育会が飼育者へ出した「山羊に関する照会」に対し、下記のような意見が寄せられました。
(1) 山羊価格が低落している。
(2) 優良品種との交尾は受胎率が低く、手間をかけ遠方に交尾行く気力に欠ける。
(3) 食糧が豊かになり、章句生活が安心になったため、現金収入と自家消費を兼ねる鶏や豚に転換しつつあり、山羊は搾乳に時間がかかる。
(4) 山羊乳の利用としてパンを作る場合に利用されているが、チーズ、バターなどについては考えられていない。

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【写真】昭和25年 山羊に関する照会への回答(愛育会史料)

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【写真】昭和25年 山羊に関する照会への回答(愛育会史料)

 
 このように戦後5年目には食生活がやや向上し、経済・社会状況が変化しつつある中、源村での山羊飼育も転換点を迎えました。昭和26年までの愛育会事業報告書では「山羊研究」の項目があり、山羊飼育者懇談会や山羊飼育状況視察などが行われていましたが、昭和27年以後山羊研究の事業は姿を消し、愛育会史料でも山羊飼育にかかわる文書も限られたものになります。この頃から山羊飼育も減少に転じたようです。
 
 昭和28年7月1日現在の山羊飼育頭数並に搾乳量調に記載されている頭数は114頭に減少しています。その備考には「昭和21、2年と比較すると飼育頭数は約半数に減っている。乳量も特に多くなったように思われないが原因と思われる点は折角品種改良のために牡山羊の導入を図り優良仔山羊が生産されても殆ど他町村に移動して自家飼育しないこと等にあると思う。」とあり、品種改良も決して順調ではなかったことがうかがえます。

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【写真】昭和28年7月1日現在 山羊飼育頭数並に搾乳量調
 
 昭和30年代には農村から都市部へ労働人口が流れ、労働力が不足します。さらに昭和32年、国連のユニセフから愛育班を通じてスキムミルクが無償で提供され、山羊乳の主要な目的であった乳児や子供の栄養改善が果たされたことも、山羊飼育の減少につながったとの意見もあります。以後山羊飼育は減少し、昭和50年代に源地域の風景からもヤギはその姿を消すことになりました。

しめぇ~に
 平成30年10月4日、全国史跡整備市町村協議会のエクスカーション。全国で史跡整備を進める自治体の首長や文化財担当者が国指定史跡の桝形堤防の視察に訪れました。そこでNPOによる山羊の除草について、その経緯や経過、除草効果のメリットや脱柵のデメリットについて人間に宿ったヤギ自身が語る場面がありました。本物のヤギとともに現状とその思いを語る光景は参加者の人々の心に深く刻まれたようです。また、地元の白根源小学校の授業で桝形堤防や将棋頭を学習すると、「ヤギのいる場所だ!」として子ども達の記憶に刻まれていました。ヤギのいる風景は本来の目的である除草効果とともに、歴史と人びとの記憶をつなぐ役割もあるようです。現在全国でのヤギ飼育数は多くありませんが、全国ヤギサミットでのさまざまな人びとの取り組みをみると、人とヤギとが織りなす新しい風景が全国で生まれつつあるようです。
 

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【写真】全国史跡整備市町村協議会エクスカーション 桝形堤防


 現在南アルプス市立図書館ふるさと人物室第7回展示「育ーはぐくむー矢崎きみよ」が開催されています。愛育会でのヤギ飼育関連資料も展示されていますので、ぜひご覧ください。

詳しくは、こちらから。(https://www.city.minami-alps.yamanashi.jp/docs/6662.html)

【南アルプス市教育委員会文化財課】

【市役所便り・イベント情報】

石川産海の幸に舌鼓 炭火焼き、家族ら堪能

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 南アルプス市と石川県穴水町の姉妹都市交流事業「かきまつり・まいもん朝市」が14日、同市徳永のハッピーパークで開かれた。
 今年で26回目の恒例行事。穴水町で養殖されたカキ1万1千個が用意され、8個千円で販売したほか、サザエやズワイガニなど産地直送の海産物、地酒やワインなどが並んだ。先着500人に町産イカが無料配布され、長い列ができた。
 購入した海産物を炭火で焼いて食べられるコーナーでは、大勢の家族連れやグループが「能登半島の味」を堪能した。友人と訪れた笛吹市の来場者は「穴水町は年2回訪れるほど好き。炭火で焼いたカキの味は格別」と喜んでいた。
 穴水町と南アルプス市の交流は、1991年に町が開いた「全国穴水さん大会」で、穴水姓が旧八田村に全国で一番多いと分かったのがきっかけ。93年に村、2004年に市と姉妹都市を締結した。夏には市が町でブドウの無料配布などをして交流している。
 穴水町の北川人嗣政策調整課長は「今後も海と山の交流を続け、お互い自分たちにないものを補える関係でいたい」と話していた。

(写真)カキなどの炭火焼きを楽しむ来場者=南アルプス・ハッピーパーク

【山梨日日新聞 12月15日掲載】

【ふるさとニュース】

隠れ宿ランキング1位 そらの詩(芦安)

 インターネット通販大手・楽天の旅行予約サービス「楽天トラベル」の利用者から寄せられた評価を集計した「2019年 評価の高い隠れ宿ランキング」で、南アルプス市芦安芦倉の「静かな森の温泉隠れ宿 そらの詩」が1位となった。自然環境や露天風呂などで高い評価を得た。

 同サービスで扱う全国の3万4800施設以上の宿泊施設のうち、施設名や紹介文に「隠れ家」「隠れ宿」「リトリート」が入っている84施設(総部屋数20室以下)が対象。宿泊者の評価を2018年11月から今年10月までの期間で集計した。

 「そらの詩」は18年4月にオープン。自然に囲まれ、掛け流しの露天風呂を完備している。宿泊者からは「星も月もとても奇麗で、山の匂い、虫の鳴く声、川の音などで心地よく過ごせた」「普段の喧噪を忘れてのんびり過ごせるすてきな宿」との声があった。

 同施設は「手探りでやってきたが、高く評価してもらえてありがたい。海外の人にも利用してもらえるように、これからも一生懸命やっていきたい」としている。

【山梨日日新聞 12月15日掲載】

【ふるさとニュース】

輪かんじき作り後世へ 芦安中生にNPO指南

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 南アルプス・芦安中(石原敬彦校長)の全校生徒19人は、積もった雪の上を歩く道具「輪かんじき」作りに取り組んだ。かつて芦安地区で盛んに作られた工芸品で、作り方を再現したNPO法人芦安ファンクラブ(清水准一会長)のメンバーが指導。完成した輪かんじきは、3年生に卒業祝い品として贈られる。

 今年で2回目で、9月末の芦安PTA学校林の間伐と枝打ち作業からスタート。生徒はヒノキの枝を切り、校庭の池に沈めていた。11月22日に、水を吸って軟らかくなった枝をU字形に曲げて針金で固定。乾燥させた後、28日に組み立てに取り組んだ。
 設計図を基に、U字形の枝二つを楕円形に組み合わせ、両側にミズナラで作った「歯」を付け、縄で縛って仕上げた。生徒たちはメンバーの指導を受けながら、のこぎりやのみを使って枝を切ったり、削ったりする作業に熱中していた。
 作った輪かんじきは、卒業式で3年生5人と、定年退職を迎える石原校長に贈られる予定という。3年生は「木を削って、輪と歯のかみ合わせを微調整するのが難しかった。かんじきは使ったことがないので、雪の日に試してみたい」と話していた。
 同法人によると、輪かんじきは大正から昭和初期、同地区で登山案内人の冬場の仕事として盛んに作られた。品質が高く、ヨーロッパにも輸出されていたという。清水会長は「地域の優れた工芸品として、若い人たちに作り方を伝えながら、後世に残していきたい」と話していた。

(写真)輪かんじき作りに取り組む生徒と芦安ファンクラブのメンバー=芦安中

【山梨日日新聞 12月13日掲載】

【ふるさとニュース】

建設会社のトマト増産 甘さ人気、ハウスを新設

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 南アルプス市有野の建設業・小林建設(小林正紀社長)が農業事業として取り組んでいるハウス栽培のトマト「太陽のめぐみ」が人気を集め、来年1月から増産することになった。2棟目のハウスを増設して収穫・出荷を開始する予定で、生産量は倍増するという。同社は「凝縮されたトマトのうまみを多くの人に楽しんでほしい」とする。

 同社は2016年に農業に参入し、中玉の品種「フルティカ」を「太陽のめぐみ」のブランド名で生産・販売。同市西野のビニールハウス1棟(生産面積1280平方メートル)で通年栽培している。現在は1日に約80キロ、年間12~13トンを収穫。同社は昨年10月に2棟目のハウス(1380平方メートル)を整備して栽培を始めていて、来年1月から収穫、出荷を開始する。
 太陽のめぐみは県内のアマノパークスや道の駅富士川、都内や大阪、静岡のスーパーで販売。市のふるさと納税の返礼品やアマゾンなどネット通販でも人気を集めている。
 ハウスでは、特殊フィルムと培養液を使った「アイメック農法」を採用。低農薬でも害虫や病気の被害を受けにくく、水分調整で味を凝縮できるメリットがある。販売単価は100グラム200円と通常の3~4倍だが、「甘くて味わいがある」と売れ行きは好調という。年間3千万円の売り上げがあり、品薄状態になることもあることから、増産を決めた。
 担当者は「完熟で出荷していて、糖度が9、10度以上あるので、トマト好きがリピーターになるようだ」と説明する。秋から冬は実が時間をかけて熟すため「これからが一番おいしい時季」という。今後は違う品種に挑戦したり、割れるなどして出荷できない実をジュースやピューレにしたりする計画を進めている。

(写真)小林建設がトマト栽培を行っているビニールハウス=南アルプス市西野

【山梨日日新聞 12月13日掲載】

【山梨県内のニュース】

高級ころ柿、首都圏へ 甲州・塩山松里で出荷始まる

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 甲州百目柿などを使った高級干し柿「ころ柿」の出荷が一大産地である甲州市塩山松里地区で始まった。今年は春夏の天候不順で収穫量が少ないものの、11月以降は晴天が続き、甘く高品質に仕上がったという。

 同市塩山三日市場のJAフルーツ山梨松里果実共選所では9日、地元の農家が木箱に詰めたころ柿約千箱が持ち込まれた。あめ色に透き通ったころ柿の色や乾き具合を確認。品質を3段階に仕分け、贈答品用として東京や神奈川へ出荷された。

 松里果実共選所の本年度の出荷量は、昨年度より2割ほど少ない約4万箱になる見通し。出荷作業は年内いっぱい続くという。

(写真)出荷されるころ柿=甲州市塩山三日市場

【山梨日日新聞 12月10日掲載】

【ふるさとニュース】

ワイン酵母で発泡日本酒
太冠酒造 県内初、10日発売

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 太冠酒造(南アルプス市上宮地、大沢慶暢社長)は10日、ワイン酵母を使ったスパークリング日本酒「太冠SPARKLING(スパークリング)」を発売する。県酒造組合によると、県内でワイン酵母を使ったスパークリング日本酒の発売は初めて。
 同社が栽培に取り組んでいる県産の山田錦を使用。精米歩合70%に磨いた酒米をベースに、アルコール度数11%に仕上げた。ワイン酵母を使うことで、爽やかなバナナ系の香りとほのかな酸味が白ワインのような口当たりになり、後から日本酒の風味が感じられるという。
 同社は約20年前にワイン酵母を使った日本酒を発売したが、販売が振るわずに終売。近年のスパークリング日本酒の人気を受け、ワイン酵母を使ったスパークリング日本酒を開発した。
 大沢社長は「若い女性を中心に、クリスマスなどで多くの人に味わってもらいたい」と話している。
 360ミリリットル入り1100円、720ミリリットル入り2200円。同社のインターネットショップのほか、県内スーパーや一部酒販店で取り扱う。問い合わせは同社、電話055(282)1116。

(写真)ワイン酵母を使ったスパークリング日本酒「太冠SPARKLING(スパークリング)」を発表する大沢慶暢社長=県庁

【山梨日日新聞 12月6日掲載】

【市役所便り・イベント情報】

日本酒展の開催費、一部で寄付を募る
南アルプス市立美術館

 南アルプス市は、市立美術館で15日から開く企画展「山梨の日本酒展」の開催費の一部を募る「ガバメントクラウドファンディング」を行っている。13日までに100万円を目標に寄付を呼び掛けている。
 寄付金集めは、美術品の準備費用や展示ケースの購入費に充てるために実施。ふるさと納税の仕組みを活用し、民間の専用サイト「ふるさとチョイス」上で募集している。下限は1万円。返礼品は額に応じた市内酒造会社の日本酒と、企画展のペア招待券か図録1冊のセットとなる。
 市ではふるさと納税が好調で、昨年度の納税額は7億4596万1千円で県内2位。寄付金を募ることで全国へのPRにつなげる狙いもあり、過去のふるさと納税の寄付者に案内はがきを送るなどの周知活動を行っている。
 目標額に達しなくても企画展は開催する。市政策推進課は「多くの人が市内や美術館に足を運び、市内で造られた日本酒を味わってもらう機会にしたい」と話している。

【山梨日日新聞 12月6日掲載】