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プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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【連載 今、南アルプスが面白い】

高尾穂見神社の夜神楽
~櫛形山の中腹で太々神楽のパイオニアがたすきをつなぐ~

 11月22日の夜。櫛形山の中腹、標高900メートル。

 市街地から離れ林道を車で10分。どことなく笛と太鼓の音色が近づき、誰もいなかったはずの林道がいつしか人や車であふれ、照明に包まれた穂見神社が闇夜に浮かび上がります。人混みをかきわけ階段を上がるとそこには豪壮な神楽殿で舞われる太々神楽や神子殿の華麗な乙女の舞が目に飛び込み、幻想的な世界が待ち受けているのです。

 今回は、南アルプス市の各地に伝わる太々神楽の大元であり、いわば常に市の伝統文化の活動を引っ張て来たパイオニア「高尾穂見神社の太々神楽」の苦悩と挑戦の物語をご紹介します。
 

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山道を登り集落を超えると突如ライトアップされた赤い鳥居が目に飛び込みます

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境内にある神楽殿もライトアップされひときわ目立ちます(市指定文化財)

 

高尾の夜祭
 山間の小さな集落、「高尾」。江戸、明治とおよそ20~30軒前後の家々が軒を連ねていましたが、急速な過疎化が進み、数年前には2軒にまで減少した超限界集落です。穂見神社の秋季例大祭は「高尾の夜祭」として親しまれ、県外からもこの高尾穂見神社を信仰する高尾講の方々など多くの参拝者が集まるほどの本市を代表する祭典と言えます。このお祭りでかつて夜通し舞われていた「太々神楽」は「夜神楽」として知られ、祭典の代名詞であり、欠くことのできない存在と言えます。
 
※「高尾の夜祭」については2009年11月13日号に、高尾集落や穂見神社については、2011年11月15日号12月15日号にご紹介しましたので、ご覧ください。
 

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撮影された年代は不詳ですが、かなり以前から境内が人で埋め尽くされている様子がうかがえます

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資本金貸しという風習も全国的にも珍しく、もともとは借りた金額の倍額を翌年度にお返ししていたといいます。その資本金の申し込みを行う「資本金扱所」です=写真左、現在では倍返しのところから始めていると考えればわかりやすく、金額を選び、例えば申込書に2000円を添えて申し込むと、この袋の中に祈願された千円札の新札と、「金百萬円資本金章」という章、さらにお札をいただけます=写真右

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高尾の夜祭のお土産と言えばカヤ飴とゆず。この麓の地区の名産だったのです。今も変わらず売られています

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神子(巫女)殿で舞われる巫女の舞には、地元の小学生のほか高尾地区で活動している関係者による舞も奉納されます(南アルプスMTB愛好会提供) 
 
 高尾の太々神楽は少なくとも文化8年(1811)以前にまでさかのぼることができ、高尾集落の住民(穂見神社の氏子)により200年以上絶やさず継承してきました。その間には周辺の集落にも神楽を伝承するなど、本市周辺地域の伝統文化の礎を担ってきた存在と言え、伝統文化の象徴ともいえる神楽なのです。過疎化が急激に進む中で氏子の皆様のご苦労は大変なものだったと予想できます。
 

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伝統を誇るお面の数々。隣接する装束部屋には25にも及ぶお面がおさめられています

 

太々神楽が奉納できない
 そのようなわがまちを代表するような夜祭や夜神楽も、さすがに数戸で維持するのは厳しく、10年ほど前から規模を縮小するなど寂しい状況が続いてきました。さらに追い打ちをかけるように、平成23年、わがまちの伝統文化の象徴ともいえる高尾の太々神楽が危機に陥ります。神楽師の高齢化に伴って舞を構成する人数を確保できず、秋の例大祭での奉納ができない状況となったのです。

 しかし、太々神楽が舞われていない高尾の夜祭はありえないと、かつて高尾のお神楽を伝授された市内の各神楽団体が協力し、なんとか切り抜けたのです。高尾のお神楽を伝授され現在も活動されている場所として、山寺のお神楽と平林(富士川町)のお神楽があります。さらに、山寺からお神楽を伝授されたのが先月ご紹介した古市場のお神楽なのです。つまり、高尾からみると孫の存在といえます。この年から3回、古市場や平林の神楽師の力をお借りし、お神楽の音の響くいつも通りの夜祭を実施することができたのです。
 

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平成24年の平林の神楽師による舞の奉納の様子 

 

高尾の神楽 新たな出発
 ある意味子供たちにあたる団体に協力していただいている間のおよそ2年間、高尾集落では、「高尾で育まれた文化を次世代へ伝え続けるため」の新たなスタートを切るため、準備を重ねてきました。

 平成26年夏、4軒の氏子だけでなく、サポートしたい方々皆で運営できるよう、「高尾穂見神社崇敬会」が発足し、同時に崇敬会神楽部として、それまでの神楽師の子供たちなど麓地域に暮らす30代から50代の若手部員たち9名が加わって、総勢11名で活動が再開できることとなったのです。

 それから毎週日曜日の稽古を繰り返し、なんとその年の秋の夜祭で高尾の神楽部だけによる伝統のお神楽を復活させることができたのです。200年のタスキをつなぐことができた瞬間です。

 その年に舞うことができたのは6演目ほどでしたが、年々奉納できる演目を増やし、翌年には、少人数ではできない「五業」や「四人剣」なども20年以上ぶりに復活し、とうとう昨年には大人数でしかできない「天岩戸」も復活するなど、伝承されてきた舞のほぼ全てを奉納することができたのです。たった3年という短い期間でここまで舞を習得するのは、並大抵の努力では叶わないことです。若手部員たちのゆるがない熱い思い、200年以上続く伝統を受け継ぐ思いが伝わってきます。
 

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平成27年度のお神楽奉納の様子

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平成27年度のお神楽奉納の様子=写真左、平成28年度の「五業の舞」奉納の様子

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平成28年度のお神楽奉納の様子=写真左、平成28年度の「天岩戸の舞」奉納の様子(小松喜久治氏提供)

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ここ数年、夜祭への人出は復活し、とうとう2年前には大渋滞が起きたほどです(昨年からはルートと駐車場を見直したので渋滞はありません

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参道に人はあふれ、かつての賑わい以上となっています。昨年は平日の開催でしたが、神社の関係者からはここ20年で最も人出が多かったと聞いています。着実に復活してきています

 

神楽部は挑戦する~未来へ伝え続けるため~
 伝統を受け継ぐだけではありません。どうやって受け渡していくか、存続の危機を経験したことで、毎週行われている稽古の後には、きちんとタスキを渡すことも含めて神楽部の方針を話し合っているそうです。

 平成27年度からは、高尾地区の属する櫛形西地区の文化祭でお神楽を紹介するなど、高尾地区だけでなく、麓の集落も含めた櫛形西地区の皆さんに広く親しんでいただこうと新たな取り組みが始められています。

 なかでも、最近始めた目を引く取り組みがあるのでご紹介しましょう。

 

夜神楽に子どもたちを
 高尾の夜祭といえば、全国的にも珍しい「資本金貸し」の風習と、「夜神楽」が有名で、これを目的に集まる方も多いです。なかでも最も境内が熱く賑わうのが「狐の舞」で、狐が神楽殿の上から種まきさながらに餅を撒きます。この餅は祈願されたもので福餅と呼び、福餅を食べると一年間は無病息災で過ごせるというものです。狐の舞の太鼓のリズムが響くとあっという間に神楽殿の周りを人が取り囲み、必死に手を伸ばしながら我先にと福餅を求めるのです。普段人影のないこの山間がまるで渋谷のスクランブル交差点のようにごった返していると言われるほどの熱気で包まれます。

 昨年から、この狐の舞に、地元櫛形西小学校の児童が「子狐」として登場することとなりました。子供達にも人気の狐の舞ですから、そこに参加できるとあって子供たちは大緊張の中で頑張ったようです。参加された児童のうち一人の子は、「このようなお祭りがあって、櫛形西地区を誇りに感じた」と語ってくれました。

 この取り組みは今年も行われますが、子狐に参加されたこどもたちはやがておとなになって神楽師を担ってくれるのではないでしょうか。
 

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平成27年度のようす。狐の撒く福餅を楽しみにまつ参拝者

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昨年度の子狐の様子(南アルプスMTB愛好会提供)

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平成28年度のようす。人出も復活し、狐の舞で餅を手に入れるためい手を伸ばす参拝者のみなさん(高尾あいプロジェクト提供)

 

地元小学校の授業に導入
郷土の文化と伝統行事~穂見神社・高尾の夜祭について学ぼう~」

 さらに今年は一歩進め、櫛形西小学校の授業の年間計画の中に位置づけ、4年生から6年生を対象に「郷土の文化と伝統行事~穂見神社・高尾の夜祭について学ぼう~」という授業を始めています。

 穂見神社の歴史などのお話とともに、実際に神楽部の皆さんによる舞の披露、また、同じく夜祭で舞われる女子による神子(巫女)の舞も披露されました。

 保護者もご覧いただくことができ、今までも見たことがある方でもこんなにも間近で見られることに新鮮さを感じたようです。また、神子(巫女)の舞は、普段一緒に遊んでいるお友達が装束に身を包んで凛とした表情で舞われる姿に思うところが多かったようで、実際に来年には舞を舞いたいという要望が増えたようです。

 年に1回の授業ではありますが、学校側でも、今後も毎年続けていけるようにしっかりと位置づけたいとお話をされていました。 

 神楽部のみなさんは、今回授業で見た児童たちが本番の夜祭に来てくれたときに手ごたえを感じることができるのではないかと話されていましたが、早速子狐を希望する男子が殺到し嬉しい悲鳴をあげられているようです。

 地域全体で小さい頃から伝統ということについて考えられる機会が増えることは、きっと豊かな地域づくりができるものと思います。
 

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小学校のホールで挨拶をする神楽部のみなさん。平日にもかかわらず、7名の部員が参加されました=写真左、巫女の舞を披露する、同小学校に通うこどもたち

 

おわりに
 最後に、昨年初めて子狐として参加した板谷佳昌くん(当時櫛形西小学校6年生)の感想をご紹介しましょう。

 初めて神楽殿で稽古した日の帰り道のこと。

 「おれ、凄い!凄いことだよねー!稽古のときは緊張してよくわからなかったけど、終わってからジワジワすごいのわかったー!なんか、自信ついたー」

 また、高尾のこと、地域の歴史のことなどをいろいろと知ることで「見るものが変わってくる」と伝えてくれました。

 そして、夜祭本番の後には、
 「歴史あるお神楽に自分が立てて光栄だった。感動した」という感想を伝えてくれました。

 新たな挑戦をすることで、子供たちから大人が学ぶこともあるのかもしれません。こうやって、たすきをつなげていけるのだと実感した夜でした。
 
 
 今年も高尾の夜祭は11月22日に行われます。今年は水曜日です。午前10時より午後11時まで、されに翌23日の午前10時から12時まで行われています。復活したお神楽をぜひご覧ください。熱い思いが込められています。そして児童たちによる神子の舞や子狐も登場するようですのでお楽しみに。

【南アルプス市教育委員会文化財課】

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