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 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

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【連載 今、南アルプスが面白い】

水を求めた扇状地の人々 ~雨乞いのパワースポット長谷寺~

 まずは先週のなぞ掛けの答えから。「開削されたばかりの徳島堰の水」と掛けて「お神輿に乗った神様」と解く。その心は?「どちらも新田(神殿)へ運ばれ、湛(たた)え(讃え)られます。」

 さて、前回は御勅使川扇状地に水を導いた徳島堰をご紹介しました。しかし、この徳島堰は石積みのために漏水が多く、取水口から十数キロ離れた有野や飯野に到達する水は決して十分ではありませんでした。扇頂部の村々もまた原七郷と同様に、常に水不足に悩まされていたのです。

 水不足は人が生きるか死ぬかという問題に直結します。人の力ではどうしようもない日照りという自然現象に対し、人々は「雨乞い」を行って神仏に救いを求めました。その方法はさまざまで、時代や地域によっても変わりますが、祈る、呪文を唱える、行列をくんで練り歩くなど、神仏を崇(あが)めて願いを聞き入れてもらう方法が一般的でした。ところがその一方で、神仏を脅したり、仏像に縄を縛りつけて引きずりまわしたり、聖なる池に汚いものを投げ込んで池の水を濁らせたりするなど、神仏を泣かせたり怒らせたりすることで、雨を降らせる方法もありました。人は雨を呼ぶために、時にひれ伏して懇願し、時に居丈高に脅し、時に宥(なだ)めすかしてご機嫌をとり、神や仏と必死になって交渉したのです。

 雨乞いが行われる場所も重要で、集落の氏神や、水が絶えることのない池や沼、川、滝などがよく選ばれています。今風に言えば水のパワースポットとでも言えるでしょうか。南アルプス市周辺の主な雨乞いスポットといえば、大嵐の大笹池や平林の義丹の滝などが挙げられますが、もっとも有名なのは八田地区榎原の長谷寺(ちょうこくじ)でしょう。

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【写真・左】八田山 長谷寺(本堂は国指定文化財)
【写真・右】明治36年頃の長谷寺(日本社寺名鑑)


 長谷寺は天平年間(西暦729年~749年)に、行基によって開かれたと伝えられる真言宗の古刹(さつ)です。本尊は木造十一面観音立像で、一本の木から彫り出された平安時代中期ごろの仏像です。江戸時代には「原七郷の守り観音」と呼ばれ、33年に一度ご開帳される秘仏として周辺の集落の人々から厚く信仰されてきました。

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【写真・左】十一面観音像が納められた厨子(国指定文化財)
【写真・中央】長谷寺 十一面観音立像(県指定文化財)
【写真・右】雨乞いでひきずられたと伝えられる「おびんづるさん」


 扇状地に住む人々は、日照りが続くと、長谷寺で護摩焚(た)きの雨乞い祈祷(きとう)を行いました。また、集落の人総出で長谷寺に参拝したり、太鼓を叩きながら大声でお経を唱えたり、笹の葉で蛇を作って観音堂に納めたりすることもあったと言います。長谷寺境内の池に架けられた石橋、通称梓(あずさ)橋は、行基菩薩が雨乞いの法を修めたという伝説から「雨乞い橋」とも呼ばれます。この「雨乞い橋」にまつわる話といえば、昭和の初め頃、夕方に御神酒を捧げて雨を祈願し橋を渡ったところ、夜に雨が降って皆が喜んだというものがあります。さらには、堂内に安置されている「おびんずるさん」を縄で縛り、引きずって雨乞いをしたという言い伝えも残されています。

 長谷寺が原七郷の雨乞いの場となった背景には、境内にあった池が鍵となります。この池は御勅使川の伏流水が湧き出たもので、日照りでも枯れることがなかったと言われます。人々は地下からこんこんと湧き出る水に、天からの豊かな恵みを重ね合わせ、命の源となる雨を待ち望んだのでしょう。

 それではここで今月のなぞ掛け。
「日照りが続き雨乞いをする人々」とかけて「三振をねらうピッチャー」ととく。その心は?

 

[南アルプス市教育委員会文化財課]

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