南アルプス市ふるさとメールのお申し込みはこちら

南アルプス市は、山梨日日新聞社とタイアップして「南アルプス市ふるさとメール」を発信しています。ふるさとの最新情報や観光情報、山梨日日新聞に掲載された市に関係する記事などをサイトに掲載し、さらに会員登録者にはダイジェスト版メールもお届けします。お楽しみください!

南アルプス市ホームページへ

プロフィール

 山梨県の西側、南アルプス山麓に位置する八田村、白根町、芦安村、若草町、櫛形町、甲西町の4町2村が、2003(平成15)年4月1日に合併して南アルプス市となりました。市の名前の由来となった南アルプスは、日本第2位の高峰である北岳をはじめ、間ノ岳、農鳥岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山、甲斐駒ケ岳など3000メートル級の山々が連ります。そのふもとをながれる御勅使川、滝沢川、坪川の3つの水系沿いに市街地が広がっています。サクランボ、桃、スモモ、ぶどう、なし、柿、キウイフルーツ、リンゴといった果樹栽培など、これまでこの地に根づいてきた豊かな風土は、そのまま南アルプス市を印象づけるもうひとつの顔となっています。

お知らせ

南アルプス市ふるさとメール閲覧ページのURLアドレスが変わりました。ブックマーク(お気に入り)やリンクのURLアドレスの変更をお願い致します。

http://sannichi.lekumo.biz/minamialps/

【ふるさとニュース】

最後の五輪「決勝で笛を」

 7月27日に開幕するロンドン五輪に、南アルプス市上今諏訪の相馬知恵子さん=県スポーツアカデミー=が、日本人唯一の女子ホッケー審判員として参加する。アテネ、北京に続く五輪で、3大会連続出場はホッケーの日本人審判で初めて。五輪に出場する審判の中ではベテランの域に入るだけに、「最後の五輪だと思い、精いっぱい笛を吹きたい」との決意を抱く。金メダルを懸けた決勝のフィールドに立つことを目標に、最高峰の舞台に臨む。

20120618_019 相馬(旧姓・秋山)さんが初めて五輪の審判を務めたのは2004年のアテネ大会。「あの時はとにかくうれしくて、舞い上がっていた」と振り返る。国際大会の経験を重ね、自信を持って臨んだ08年の北京五輪は、悔しさが残る大会に。1次リーグは「判定に安定感がなかった」(相馬さん)といい、その後の最終順位決定戦で笛を吹くことはなかった。
 ロンドン五輪出場の知らせが届いたのは昨年12月。国際ホッケー連盟から参加依頼のメールが届き、「今度こそは」との思いが込み上げた。北京の悔しさを忘れずに、ジャッジの技術を磨いた4年間。「選手に一番近いところで判定して、しっかりと試合をコントロールしたい」。ロンドンでは、より素早く正確な判定を心掛けるつもりだ。
 相馬さんは白根高でホッケーを本格的に始め、山梨学院大に女子ホッケー部が創部された1994年、同大へ入学した。しかし、控えに回ることが多くなり、練習試合では審判を任されることが増えた。大学2年の終わり、寺本祐治監督の勧めで審判への転身を決意。「選手として五輪の舞台に立つのは難しいが、審判なら努力次第で出場できるかも」。悩んだが、何より「オリンピック」の言葉に心を突き動かされた。
 大学3年でB級審判に合格し、卒業後は全日本女子チームに帯同。国内合宿や練習試合で世界トップレベルの試合で経験を積み、2000年に審判として最高ランクのA級に合格した。
 北京五輪前に克彦さんと結婚し、長女・菜那ちゃんを出産。「夫や周りの人に協力してもらって、本当に感謝している。だからこそ頑張らなければいけない」。周囲の支えを実感することで、五輪の決勝で笛を吹きたいとの思いは、一層強くなったという。
 ホッケー女子の日本代表(さくらジャパン)メンバー16人が決まり、国内での注目度は高まっている。「プレッシャーもあるが、最後の五輪になると思うので、決勝で精いっぱい笛を吹きたい」。支えてくれた、周囲の人々の思いも背負いながら、ロンドンの舞台に立つ日を心待ちにしている。

(写真)3大会連続で五輪の審判を務めることが決まった相馬知恵子さん=甲府・山梨学院ホッケースタジアム

【山梨日日新聞社 6月18日掲載】

≪ 前の記事 | トップページ | 次の記事 ≫